金融・国際・宗教・環境の視点から見る経済循環マトリックス

(a), (b)

2021/07/16 19:00

生島さん,下田さん

実体経済の範囲内では,経済循環マトリックス計算がほぼ問題なく動作していることが確認できたものと考えていますが,いかがでしょうか?今日は,これに「財貨の移転を伴わない純貨幣的取引」を追加してみたいと思います.財貨の移転を伴わない純貨幣的取引として考えられるものには以下が挙げられます.

  1. 貸出と返済(利息を除く元本分の返済,分割返済を含む)
  2. 債務・債権の移転(株式,金融商品の売買など)
  3. 供与・贈与・寄付(ご祝儀,カンパ,買収,補助金,給付金,政府開発援助など)

項目1では債務と債権が当事者のそれぞれの側に新たに発生します.項目2の債務・債権の移動では支払われる金額と債権の額面が一致しない(債券の市場価格に依存して)という場合があり得ます.項目3の供与などの場合には,債務も債権も発生しません.これらを一律に扱うのはかなり難しいのですが,経済循環マトリックス計算は本来「決済システム」なので,堅牢でかつ,マトリックスの圧縮(重ね合わせ)や縮約操作がつねに加算によって実行できる(加法性が成立する)ことが要求されます.従って,かなり無理筋のような気もしますが,以下のような「統一ルール」ですべてのパターンを扱うことにしたいと思います.

  1. セルにはその取引に関わる取引金額が記載される
  2. 通貨はつねに取引金額の記載されたセルの最左列のノードから最上行のノードに移動する
  3. 取引金額はつねに正の整数とする(総取引額を集計するため)
  4. 集計用に「債権」列と「債務」行を追加する 「債権」は実体経済における「支払高」に相当し,「債務」は「売上高」に相当する
  5. 別に純債務,純損益という項目を設ける 純債務=債務-債権,純損益=損益+純債務

「純債務」は実体経済マトリックスにおける損益に相当するもので,「純損益」=「損益」+「純債務」は,経済循環グラフにおける「持ち分」つまり,中央銀行当座預金残高(の増減)に相当すると考えられます.金融経済マトリックスは(そのように設計されているので,当然ながら)GDP計算にはまったく何の影響も与えません.基本的にこれ以上追加するものはないと考えられるので,実例を挙げて見ます.サンプルとして,以前提示したA社,B社,a, b, Y国(C社, c)という二国モデルを取り上げます.これに以下のような取引を追加してみました.

  1. A社はB社の社債100を購入
  2. A社は個人bに50を消費者信用貸付
  3. B社はY国に資金20を供与(Y国高官を買収するため)
  4. aA社の新規発行株20を購入して社員株主となる
  5. aY国の国債50を購入する
  6. bはA社からの借入金のうち,20を返済
  7. bはaから(A社の)株式10の有償譲渡を受ける

※追記:金融取引のみを抜粋した金融経済循環マトリックス↓.

A B a b Y 債権
A 社債100 貸付50 150
B 供与20 20
a 新規株20 国債50 70
b 返済20 株譲渡
10
30
Y 0
債務 40 100 10 50 70 270
純債務 -110 80 -60 20 70 0

※下記では「生産額の行」と「支出額の列」に囲まれた「実体経済マトリックス」の部分は不変.その外枠に「金融経済マトリックス」部分が追加されている.

A B a b Y 支払高 仕入高 移入財 最終財 損益 支出額 債権
A 社債100 給与60 貸付50 輸出60 120 120 120 40 40 150
B 原材料100 内販60 給与60 輸出60
供与20
280 220 220 60 -20 40 20
a 新規株20 輸出 60
国債50
60 60 0 60 70
b 返済20 株譲渡
10
輸出 60 60 60 0 60 30
Y 燃料60 輸出200 販売 60
給与60
380 260 200 120 -20 100 0
売上高 160 260 60 60 360 900 0
卸売高 100 200 60 60 180 600
所得額 40 40 60 60 100 300
移出財 100 200 60 60 120 540
消費財 60 60 180 300
純移出 -20 -20 60 60 -80 0
生産額 40 40 60 60 100 300
債務 40 100 10 50 70 270
純債務 -110 80 -60 20 70 0
純損益 -70 60 -60 20 50 0

これらの取引の結果,A社は損益40から純損益-70に,B社は-20から60に,a, bは損益ゼロからそれぞれ,純損益-60, 20に,Y国は損益-20から純損益50に変化しました.債権,債務,純債務,純損益に関しては以下の式が成立します.

∑債権=∑債務=金融総取引額
純債務=0 (金融的ゼロサムゲーム)
純損益=0 (貨幣的ゼロサムゲーム)

ここで改めて,2021/07/01のメールに戻ってみたいと思います.この表↓は,一度「ぼぼデタラメに近い致命的な誤り」があるとして撤回されたものですが,もう一度引っ張り出してみました.これまでに述べた区分に従い,改めてこの表を①財貨の仕入れ(中間財取引,経費),②財貨の最終消費,③金融取引で色別に塗り直してみます.※以下の表では,資産配当を配当と略記しています.

公共 企業 金融 家計 事業支出
公共 補助金,交付金
利子補給,融資,
返済,資産投資
配当
基盤投資,資本投資
消費支出
補助金,財政投融資配当
手数料
返済,公債償還
資産投資配当
人件費
給付金
資産投資配当
歳出
財政支出
公務員給与
企業 租税
公債購入配当
払い下げ
仕入れ,外注費,運賃
資本投資,消費支出
財テク配当
返済,手数料
資産投資,配当
人件費
融資,返済
資産投資,配当
企業支出
営業費用
民間人給与
金融 租税公債購入
融資,返済,資産投資
配当
資本投資,消費支出
融資,資産投資配当
手数料
融資,返済
資産投資,配当
人件費
融資,
資産投資配当
金融支出
営業費用
銀行員給与
家計 租税,保険料,手数料
水道料金,通行料
公債購入配当
資本財購入,消費支出
融資,返済
個人投資配当
手数料
貯蓄,返済
資産投資配当
家事サービス報酬
資産投資配当
家計支出
生活費用
事業収入 歳入
公租公課
現業部門売上,配当
企業収入
中間財売上
最終財売上
金融収入
営業収入
家計収入
個人所得
配当・報酬
通貨循環量
国民総生産

まだ覚束ないところもありますが,何とか色の割当ができました.この表ではセル内の取引品目はすべて,支払側から見た仕訳になっています.公共セクタが主体となって実施する全事業を大雑把に「公共サービス」としてくくるとすると,一般政府の徴収する公租・公課はその「サービス料金」に当たるので,「最終消費」とみなすこともできますが,会計的には一般には「経費(の一種)」という認識があると思われるので,取引種別は「仕入れ」としています※.※※

※租税を「みかじめ料」のような性質のものと考えれば,「持続可能な事業」を営むための「経費(サービスに対する支払い)」のようにも見えます.直接には「財貨の移転を伴わない純貨幣的取引」であることも確かなので,場合によっては「金融取引」の一種とみなすことも考えられます.一般に公共サービスは原則として無料で提供されるものと考えられますが,租税を「経費」と見た場合には,その時点ですでに該サービス料金を前払いしているとも言えます.

※※「国民主権」であれば,公務員は国民の下僕であると言われる,事業者は国民,公務員報酬はその「事業経費」に相当するから,「仕入れ」になるという解釈でよいのではないか?「租税」の「性格」ないし「位置付け」に関しては,どこかで再考する必要がある…

やや問題なのは,「資産投資」を金融取引としているところです.上記では,金融取引を「財貨の移転を伴わない純貨幣的取引」と定義していますが,初出(廃棄メール)では,「資産投資」は以下のように定義されています.

資産投資(資産・債権の購入):投資を目的とする不動産・金融資産(株式,有価証券)の購入,資産配当(財産所得)の源泉となる 不動産は第三者に貸し付けることによって初めて配当を生じるが,金融資産はそれ自体が有利子債権である 資産の再貸付(又貸し)ないしその資産を担保とする融資なども行われる 投資の目的が配当を得ることよりも資産の価格変動による売買差益を狙う場合には投機と呼ばれる 金融債権の償還は返済に含まれる

「金融資産」の売買が「金融取引」に当たることは問題ないと思われますが,「投資を目的とする不動産の購入」では,「財貨の移転」が発生していることは明らかです.少なくとも「土地」を生産することは(一般には)できないと考えられるので(埋め立てや宅地造成などで生産される場合はあり得る),(自己使用を目的としない場合には)土地の売買を資産投資とみなすことは妥当とも思われますが,建物の場合はもう少し込み入った話になります.建物は通常「生産」されて初めて存在するので,新築された時点ではGDPに算入されなくてはなりません.

資産投資とそのリターンである資産配当は,経済循環マトリックスでは前者を金融取引とし,後者を財貨(サービス)の最終消費とみなしているので,定義上の混乱はありませんが,「財貨の転売」がどう扱われるか?は問題です.財貨の転売を通常の商行為とみなすとすれば,「転売を目的とする財貨の購入」は「仕入れ」に該当します.この意味ではすべての耐久性のある商品の購入はつねに再販が可能であると推定されるので,すべて「仕入れ」とすることもあり得るでしょう.しかし,我々の経済循環マトリックス計算では「最終消費されていない製品は生産額に算入されない(売れ残り=在庫=商品価値ゼロ)」ということになっているので,計算がかなりあいまいなものになってしまいます.

以下のようなケースを考えてみましょう.Aは建築業者Cから新築住宅を200で購入し,それまで住んでいた住まいを不動産業者B100で売却します.業者Bはこれを業者C150で転売します.このマトリックスでは総生産は200となり,確かに新築住宅の価格と一致しています.

個人A 不動産業者B 建築業者C    支払高 仕入高 最終財 移入財 損益 支出額
A 新築住宅購入
200
200 200 -100 100
B 中古住宅購入
100
100 100 100 50 50
C 住宅転売
150
150 150 150 50 50
売上高 100 150 200 450 0
卸売高 100 150 250
所得額 100 50 50 200
消費財 200 200
移出財 100 150 250
純移出 100 50 -150 0
生産額 100 50 50 200

マトリックス計算では「四面等価の原理」により,総生産=∑最終財=∑消費財ということになっているので,青字の売買価格はGDPには影響しません.従って,転売はつねに「仕入れ」として扱うというのでよいのではないでしょうか?本来ならこの生産額は建築業者Cが単独で「生成」したものなので,所得額が生成された付加価値を意味するとすれば,C200A, Bはゼロとなるような気もしますが,この三すくみの売買ではA100B50C50のように配分されます.損益はA-100, BC50ですが,B50は転売益,C50は売買の差額です.マトリックス計算では取引の履歴までは分からないので,Cの利得50は「新築住宅200を建設・販売し,中古住宅150を購入した」という解釈の他にも,「仕入れ価格150で新築住宅を購入し,それを需要者に200で転売した」と読解することもできるためです.

財貨の転売を「仕入れ」として扱うとすれば,不動産(土地・建物)の売買もすべて「仕入れ」でよいのでしょうか?財貨には,①消費財,②耐久消費財,③資本財などがあります.経済循環マトリックスでは通常これらはエンドユーザが購入する時点で最終消費財とみなされますが,これらがなにかの理由で転売されるときには「仕入れ」とする必要があります.建物(資本財)の場合もこれと同様と考えてよいと思います.土地は通常はどうやっても生産できないので,やはり,金融商品と考えるべきではないでしょうか?基盤投資(インフラストラクチャの構築)は,「最終財の消費」とみなされるので,埋め立てや宅地造成の場合に限り基盤投資(消費)とすればよいのではないかと思います.

土地・建物の購入が資産投資に含まれているのはそれらを貸し付けることで収益を得ることができるためですが,少なくとも建物の賃貸は,それ以外の財貨のレンタル業と同様サービス業とみなすというのでよいと思います.従って,非居住用建物の購入は資産投資というより資本財の購入とみるべきでしょう.ただし,土地を資本財に含めることはできないので,区分するとすれば資産投資とするよりないのではないでしょうか?資産投資と資産配当には必ずしも因果関係があるとは限らない(つねに収益を得られるとは限らない)ので,土地から上がった収益は財貨サービスの売上としてカウントすればよいのではないかと思います.まとめると「土地の購入は個人の場合でも資産投資(金融取引)に区分する.建物は個人の場合も資本財の購入として扱う.資産ないし財貨の貸借から得られる収益(レント)はすべて最終消費として扱う」とします.上の例題を土地付き住宅の売買に拡張して試してみましょう.

個人A 不動産業者B 建築業者C    支払高 仕入高 最終財 移入財 損益 支出額 債権
A 土地付き新築住宅
200+150
200 200 -100 100 150
B 土地付き中古住宅
100
+100
100 100 100 50 50 100
C 土地付き住宅
100+120
改装費用50
150 100 50 100 50 100 120
売上高 100 150 200 450 0
卸売高 100 100 200
所得額 100 50 100 250
消費財 50 200 250
移出財 100 100 200
純移出 100 0 -100 0
生産額 100 50 100 250
債務 100 120 150 370
純債務 -50 20 30 0
純損益 -150 70 80 0

土地と建物の取引をつねに分離しなくてはならないというのも厄介な話ですが,「三面等価原理」がつねに成立するマトリックスを構成するためには避けられないところです.金融取引には「仕入れ」や「消費」という概念がないので,たとえば証券会社が債券を仕込んで販売するような場合でも,すべて「モノトーンの金融取引」として処理されます.ここまでをまとめると,金融マトリックスに含まれる取引には,①融資と返済,②資産投資(土地ないし金融資産の売買),③資金移転があり,建物は資本財に区分して資産投資の対象外とする,基盤投資,資本投資,資産配当はすべて最終消費財として処理される,ただし,資本財の転売は「仕入れ」として仕訳するということになりました.(土地がある種の金融資産とみなされることと,土地の担保価値が高いことの間には相関があるのではないでしょうか?)

上記の計算表で茶色文字の取引とその集計表が金融経済マトリックス,その反転(赤文字と青文字の取引とその集計)を実体経済マトリックスとすれば,総体としての経済循環マトリックスは,この2つの計算表の重ね合わせ(一種の圧縮)として示されます.日本経済の場合で言えば,実体経済マトリックスは(規模的に)ほぼ全銀システムに相当し,金融経済マトリックスはほぼ日銀ネット(インターバンクシステム)に相当すると考えられます.中央銀行がCBDCを発行し,現金取引が消滅するときには,すべての決済はこの統合された経済循環マトリックス上で実施されることになるのでしょう.(卸売型のCBDCを採用した場合には階層的なトポロジーを持つことになります…)

PS:経済循環マトリックスの当事者(経済単位)プロパティ

以下ではすべての取引は①中間消費財(仕入れ/経費),②最終消費財(純消費),③金融資産(借用証書,土地,株式,証券など)のいずれかの売買(貨幣的取引,買い戻しを含む)に関わるものであるとする.ただし,③金融資産の場合には対象商品が「空」である場合(供与=通貨の単純な移転の場合)もあり得る.

  1. 支払高 当事者が支払ったすべての金額の合計(内部取引を含む,金融取引を含まない)
  2. 仕入高 当事者が中間消費財購入のために支払ったすべての金額の合計(内部取引を含む)
  3. 最終財 当事者が最終消費財購入のために支払ったすべての金額の合計(内部取引を含む)
  4. 移入財 当事者が中間消費財購入のために外部に支払ったすべての金額の合計(内部取引を含まない)
  5. 損益  売上高と支払い高の差額
  6. 支出額 当事者の最終財と損益の合計=所得額
  7. 債権  当事者が金融資産購入のために支払ったすべての金額の合計(内部取引を含む)
  8. 売上高 当事者が受け取ったすべての金額の合計(内部取引を含む,金融取引を含まない)
  9. 卸売高 当事者が中間消費財の売却によって受け取ったすべての金額の合計(内部取引を含む)
  10. 所得額 売上高と仕入高の差額 当事者によって生産された付加価値
  11. 消費財 当事者が最終消費財の売却によって受け取ったすべての金額の合計(内部取引を含む)
  12. 移出財 当事者が中間消費財の外部への売却によって受け取ったすべての金額の合計(内部取引を含まない)
  13. 純移出 移出財と移入財の差額=卸売高と仕入高の差額
  14. 生産額 消費財と純移出の合計=所得額 
  15. 債務  当事者が金融資産売却によって受け取ったすべての金額の合計(内部取引を含む)
  16. 純債務 債務と債権の差額
  17. 純損益 損益と純債務の合計 当事者の持ち分の増減に当たる

所得額=支出額=生産額 (経済単位の三面等価原理)

2021/07/19 2:46

生島さん,下田さん

経済循環マトリックス計算に「財貨の移転を伴わない純貨幣的取引」を追加することによって,完璧とは言えませんが,ほぼ,地上におけるすべての経済活動を網羅的に表現できるモデルを提示することができたのではないかと思います.ツッコミどころ満載かとも思いますが,かなり長くなりましたので,そろそろまとめに入りたいと思います.

地上におけるすべての経済活動というのはやや大げさな言い回しですが,経済活動は無数の取引(トランザクション)の結合・連鎖から成り立っていることは明らかですから,すべての貨幣的取引がその上で処理可能であるとすれば,ほぼすべての経済活動を網羅するものになっていると言って過言ではありません.そこに参加する当事者のスケール(経済規模)に関わりなくすべて独立の主体として「同権である」,つまり,完全に同一のルールが適用されるという立場(法の下での平等)が,経済循環マトリックス計算の基本的な立ち位置であり,目標です.これを別の言葉で言えば,「貨幣の中立性」(誰の味方もしない)ということになります.

「結婚は両性の合意によってのみ成立する」という憲法上の規定がありますが,「取引は当事者の合意によってのみ成立する」,つまり,価格の決定を含む取引成立に関わる要件は当事者の自由意志による合意のみであり,それ以外の基準は存在しないというのが,「自由主義経済」の基本テーゼであると言えます.(もちろん,例外はあります.たとえば生活必需物資を独占的に販売している商人がある特定の相手を拒むことは認められません.物資によっては「専売制」が求められる場合もあります)「決して停止しない決済システム」というものがいつかこの地上に実現することがあるとすれば,その基底にはこのテーゼの存立が仮定されます.(複数の当事者が結託するという問題はありますが,それはまた別のテーマです.)

世の中には「貨幣的でない取引」というのもあります.たとえば,AからBに財貨Mが無償で移転するような場合です.このような「取引」には二つの解釈があり得ます.一つは,BAから財貨Mを窃取した,つまり「泥棒」ないし「略奪」という犯罪行為,もうひとつはAが善意でBに財貨Mを提供するようなケースです.経済循環マトリックスでは「貨幣的でない取引」を対象としていないので(ベースが経済循環グラフという決済システムであるため),これらのケースは対象外とされますが,後者の場合,擬似的には,①BからAに財貨Mの価格に相当する通貨を移転する,②Bはこの通貨を用いてAから財貨Mを購入するという二つの手続きを合成することによって,ほぼ同等の操作を実現することは可能です.

実際,IMFの国際収支基準では食料や医薬品などの無償供与のような取引を経常移転収支(第二次所得収支)というカテゴリで扱っています.「経常収支」という用語はしばしば登場するので,それとの関係を見ておきたいと思います.財務省の「用語の解説」というページでは以下のように説明しています.

  • 経常収支
    1. 貿易・サービス収支 貿易収支及びサービス収支の合計。実体取引に伴う収支状況を示す。
      • 貿易収支 財貨(物)の輸出入の収支を示す。
        国内居住者と外国人(非居住者)との間のモノ(財貨)の取引(輸出入)を計上する。
      • サービス収支 サービス取引の収支を示す。
        (サービス収支の主な項目)
        • 輸送:国際貨物、旅客運賃の受取・支払
        • 旅行:訪日外国人旅行者・日本人海外旅行者の宿泊費、飲食費等の受取・支払
        • 金融:証券売買等に係る手数料等の受取・支払
        • 知的財産権等使用料:特許権、著作権等の使用料の受取・支払
    2. 第一次所得収支 対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等の収支状況を示す。
      (第一次所得収支の主な項目)
      • 直接投資収益:親会社と子会社との間の配当金・利子等の受取・支払
      • 証券投資収益:株式配当金及び債券利子の受取・支払
      • その他投資収益:貸付・借入、預金等に係る利子の受取・支払
    3. 第二次所得収支 居住者と非居住者との間の対価を伴わない資産の提供に係る収支状況を示す。
      官民の無償資金協力、寄付、贈与の受払等を計上する。
  • 資本移転等収支
    対価の受領を伴わない固定資産の提供、債務免除のほか、非生産・非金融資産の取得処分等の収支状況を示す。
  • 金融収支
    直接投資、証券投資、金融派生商品、その他投資及び外貨準備の合計。
    金融資産にかかる居住者と非居住者間の債権・債務の移動を伴う取引の収支状況を示す。

これで見ると,「経常収支」というのは,ほぼ実体経済マトリックスの「純移出」に相当し,「金融収支」は金融経済マトリックスの「純債務」に相当しますが,微妙な(というか,かなり重大な)差異も存在します.「資本移転等収支」は,資本形成の援助としての道路・港湾の建設や,途上国への無償資金,金地金の購入,債務免除などが含まれるものと考えられます.「債務免除」は金融経済マトリックス上で,①債務免除額相当通貨の贈与と②それを原資とする債務返済の合成として実現できるので,金融経済の中で処理可能です.「非生産・非金融資産の取得処分等」の具体的内容は不明ですが,なんらかの「サービスの供与」のようなものとすれば,やはり実体・金融マトリックスの混合・合成ということになるのかもしれません.相違点を列挙してみましょう.

  1. 現行では,輸出入に関わる取引はすべて「仕入れ」に限定され,最終消費者が現地で直接購入するような場合には「純消費」として処理されている.従って,サービス収支:旅行などの費用は輸入に計上されない.
  2. 金融機関への手数料と利子・配当金など一括してサービス支出として処理しているため,サービス収支と第一次所得収支が分離されていない.
  3. 第二次所得収支は「対価を伴わない資産の提供」とされるが,この中には,通貨を提供/送金する場合と財貨を無償提供する場合が含まれている.その相手先も個人から国際機関までまちまちで,実体経済循環と金融経済循環のミックスになっている.
  4. 金融収支:直接投資には海外における工場建設など,資本財の購入(最終消費)が入っていると思われるが,現行ではおそらく,これらは「仕入れ」として処理されるのでなければ「投資」とはみなされない.

実体経済循環と金融経済循環を峻別するというのは悪くないスキームであると思っていますが,もう少し整理する必要があるかもしれません.整理するとすれば,①経常収支で扱う取引をすべて実体経済循環の中で処理する,②資本移転等収支と金融収支はすべて金融経済循環の中で処理されるとすべきでしょう.変更を要すると考えられる項目としては,

  1. 「財貨の移動を伴わない取引」のうち,債権・債務が発生しない取引をすべて実体経済循環に移動する
  2. (投資を目的とする)金地金の取引を金融資産取引に追加する
  3. 「資本投資」を金融経済循環に移動する
  4. 金融機関に対して支払う手数料(サービス取引)と利子・配当(第一次所得)を分離・区分して集計する
  5. 国外での純消費を輸出としてカウントする

3の「資本投資」の移動以外の実装はそれほど難しくないと考えられますが,「資本投資」を金融経済循環に移動するというのはかなり大きな副作用があるような気がします.いや,どの項目もそれぞれ厄介な問題をはらんでいるような気もします.1の場合はGDPに影響しない取引を実体経済循環に持ち込むことになります.2では,「非生産・非金融資産の取得処分等」というのは,土地と金地金の取引を意味しているのではないかと思われるので,現在の金融資産の定義から土地と金地金を除外する必要があるように思われます.4で利子・配当を分離するというのはよいのですが,そもそも利子・配当は国民総生産に含まれているのかいないのか?が問題です.

わたしは,金銭貸借も財貨のレンタルの一種と考えていて,建物,車,コンピュータなど財貨のレンタルと同様に,「通貨の使用料」としての「サービス料金」でよいと考えたのですが,利子・配当がGDPに含まれないとしたら,単に区分するというだけでなく,取り扱いを変える必要が出てきます.GDPに含まれない取引は経済循環マトリックスでは金融経済に含まれるので,むしろ金融経済マトリックスに移動するという方が筋が通っています.もし,それが正しいとすれば,むしろ第一次所得と第二次所得はどちらも金融経済で扱うという方がすっきりします.まず,この点を調べてみましょう.⇒わかり易い図がありました.京大経済学部岩本研究室国際収支(BOP)と国際投資ポジション(IIP)

ということは,①経常収支のうち,貿易・サービス収支は実体経済循環,②それ以外の(1)第一次所得収支(所得収支),(2)第二次所得収支(経常移転収支),(3)資本移転等収支,(4)金融収支はすべて金融経済循環でよいということになります.また,こういう式もありました.

※この解釈は間違っている.上掲の説明図では経常収支のうち,所得収支と経常移転収支は国民総生産に含まれないとなっているが,「国民総生産」とは国民経済を単体経済と考えたときの「生産額」に他ならないので,それを理由に所得収支と経常移転収支を実体経済に含まれないとするのはおかしい.「利払い」などを「生産額」から除外するという考え方にも一理はあるが,それをやるとすればむしろ実体経済内部の「仕分け」として扱う方がよい.従って,(個人取引,内国取引,国際貿易を区別しない)我々の立場からすると,経常収支⇔実体経済である.

経常収支+資本移転収支ー金融収支+誤差脱漏=0

中にはこれを,経常収支-金融収支=0としているサイトもありますが,多分上記が正しいのでしょう.変更点をもう一度洗い直してみると,

  1. 海外における純消費を輸入に変更する
  2. 消費と投資を分離する
  3. 利子・配当などの金融収益を金融経済マトリックスに移動する
  4. 金融資産から土地と金地金を分離する
  5. 「対価の受領を伴わない固定資産の提供」を金融経済マトリックスで扱う(資本移転等収支)

1, 2, 3, 4は問題ないように思われますが,5は多少問題があるような気がします.

2021/07/25 5:58

生島さん,下田さん

経済循環マトリックスの仕様を整理して,移出財・移入財などの要素を廃止しました.その代わりに導入を予定していた移出高・移入高も使わないことにしたので,輸出入高などの数字は支払高/売上高と内部取引額から別途求める必要があります.このような変更を行った理由は,移出財・移入財ないし移出高・移入高などの値は「内部取引を含まない」ことになっているため,マトリックスの縮約演算を実施するときに単純な加算だけでは集計できなくなるためです.支払高・売上高や消費財・最終財などの値はいずれも内部取引を含んでいるので,縦横計算を実施したときにも単純に加算するだけで正しい値を得ることができます.経常収支などの外部の統計数字と比較するときには,たとえば輸入高であれば支払高から内部取引高を控除する必要がありますが,その不便よりも,メンテナンスの容易さ・システム的な堅牢性を優先しました.

以前の純移出=移出高-移入高に相当する値として,仕入尻=卸売高-仕入高を導入し,財収支=仕入尻+純消費とすると,財収支=損益となり,財収支は経常収支の貿易収支に相当するので,実体経済の損益と貿易収支が完全一致します.単純過ぎるような気もしますが,この方が直感的かつ,シンプルなのでこれでよいのではないでしょうか?「仕入尻」というのも聞き慣れない言葉ですが,このマトリックス計算の通常と異なるところは「取引を仕入れ/最終消費で区分する」という仕組み(取引データから付加価値を切り出す計算には不可欠)にあるので,それを示す特徴的な用語とお考えください.最終消費(純消費)では,①財貨消費,②サービス消費,③資本財消費,の3種を区分しています.①財貨消費はカッコなし,②サービス消費は(),③資本財消費は[]でくくりました.集計項目名の「消費」,「サー」,「投資」はそれぞれ,①財貨消費,②サービス消費,③資本財消費に該当します.

※追記:パートⅡ後書きでは,「経済循環マトリックスのルールブック:最終案」というのを提示しているが,すでにの時点でここまで整理が進んでいるということに気付かなかった,というよりまったく覚えていなかった!「最終案」では,新たに6個の新規パラメータ,①自家消費,②純仕入れ,③内需要,④外需要,⑤中間益,⑥販売益を導入しているが,ここでは「仕入尻」と「財収支」という2つのパラメータを導入するだけで,この問題を「完全」に解決している.「仕入尻」は「最終案」の「中間益」に相当し,「財収支」は「純輸出=貿易収支」に当たる.下記のマトリックスではどのような縮約を行っても,セル内の値はつねに一意に確定する.

A B a b X Y 支払高 仕入高 最終財 消費 サー 投資 損益 支出額
A 給与60 60 農産物60
車両[60]
180 120 60 60 100 160
B 原料100
輸送(60)
内販60 給与60 160
120
機械[80] 360 160 200 60 60 80 -100 100
a 食品60 60 新車 [60] 120 120 60 60 -60 60
b 旅行 (60) 60 60 60 60
X 100120 60 60 60 220
180
60
260
720 280 440 120 120 200 -60 380
Y 燃料60 輸出200 200
60
給与60
販売 60
380 260 120 120 60 180
売上高 280 260 60 60 660 440 1100
卸売高 100 200 60 60 420 120 540
所得額 160 100 60 60 380 180 560
仕入尻 -20 40 60 60 140 -140 0
消費財 180 60 240 320 560
消費 120 60 180 60 240
サー 60 60 60 120
投資 200 200
純消費 120 -140 -120 -60 -200 200 0
財収支 100 -100 -60 0 -60 60 0
生産額 160 100 60 60 380 180 560

最終財消費を①消費,②サービス,③投資のように分割すると,下記のような式が成立します.

国内総生産(GDP)=消費(財貨+サービス)+投資+貿易・サービス収支

たとえば,X国のGDP380,消費=120120240,投資=200,貿易・サービス収支=財収支=損益=-60なので,380240200-60となり,確かに上式が成立しています.経済循環マトリックスではすべての経済単位に同一ルールが適用されるので,たとえばB社について見れば,生産額=支出額=所得額=100,消費=6060120,投資=80,財収支=損益(貿易・サービス収支に該当)=-100から,10012080-100であることが確認できます.「閉じた経済循環マトリックス」全体では「外部取引」が存在しないため,∑損益=0,つまり,貿易・サービス収支に相当する数字はゼロになります.上の表で青色のセルの560という数字が3箇所に現れていますが,これにより,所得額=生産額=支出額という三面等価原理に加えて,∑最終消費=∑消費財=総消費=総生産=総所得=総支出という「閉じた経済循環(総体経済)の四面等価原理」が成立していることが見て取れます.上記の国内総生産等式は,ときには,以下のように表現されることもあります.

所得 = 消費 + 貯蓄

所得は一国経済で見れば,国民総生産に相当し,マトリックス計算では所得額として表示される数字です.消費は上式の消費+投資に当たります(投資資本財という消費財を最終消費することなので消費に含まれます).貿易・サービス収支はマトリックス計算の財収支に当たりますが,この数字は実体経済マトリックスの「帳尻」である損益に一致するので,貯蓄と読み替えることができます(損益は持ち分=準備金の増減に当たる).もちろん,この式は国家だけでなく,すべての個別経済単位について成立しています.

  • 資本財(固定資本財):工場・機械(ロボットを含む)・設備・車両・船舶・航空機・建物など耐久性があり,生産活動に用いて将来の収益を生み出す資本となるもの
  • 基盤投資:道路・鉄道・上下水道・発電所・電力網・通信網・港湾・空港・灌漑・治水などの大規模公共建造物(インフラストラクチャ)の築造・整備
  • 資本投資:将来の生産活動のために必要とされる資本財(生産設備)の購入

ここでの「投資」は「資本投資」の意味で使われていますが,対象が国家の場合には基盤投資(インフラ構築)も含まれるとしてよいでしょう.「資本財」というのはいわば(経済主体擬人説で言う)サイボーグの肉体を構成するパーツ(プロティン)のようなものですが,わたしの個人的見解では個人が所有する車や住宅など,必ずしも生産に直結していない場合でも(肉体を増強するという意味の)資本財としてよいのではないかと考えています.耐久消費財の中でも洗濯機や冷蔵・冷凍庫,食洗機,ミシンなどの家電製品は資本財に加えてもよいかもしれません(なんと言っても我々は身体が資本です…).

さて,問題は金融経済マトリックスですが,「金融経済では純貨幣的取引のみを扱う」というのがマトリックス計算の原則なので,その線に沿ってまとめたいと思います.IMFの国際収支マニュアルとは必ずしも完全一致しないかもしれませんが,必要ならばその時点/場所で調整可能と思います.経常収支に含まれる「所得収支」と「移転収支」はマトリックスでは金融経済循環に含まれる(含まれることにした※)ので,経常収支を見るときには金融経済マトリックスを使う必要があります.※所得収支は実体経済に含まれるというのがわたしの本意でしたが…

以下の計算表では,所得収支(資産配当)に関係する数字は(),移転収支(財貨の移動を伴わない貨幣の純移転,つまり贈与)に関係する数字は[]で識別しています.

経常収支=貿易収支+所得収支(第一次所得収支)+移転収支(第二次所得収支)

A B a b X Y 支出額 損益 出金高 資産
配当
純転出 金融
資産
A 社債100 配当(10) 貸付50
配当(2)
免除[20]
150(12)
[20]
160 100 182 12 20 150
B 利子(10) (10) 供与[20] 100 -100 30 10 20
a 新規株100 100 国債50 60 -60 150 150
b 返済20
利子(5)
免除分20
株譲渡20 60(5) 60 0 65 5 60
X 140(15) 100 20(10) 50(2)
[20]
310(27)
[20]
50[20] 380 -60 427 27 40 360
Y 配当(5) (5) 180 60 5 5
所得額 160 100 60 60 380 180 560
貿易収支 100 -100 -60 0 -60 60 0
入金高 155 100 35 72 362 70 432
金融収支 -27 70 -115 7 -65 65 0
資産所得 15 15 2 32 32
純転入 20 20 20 40
金融負債 140 100 20 50 310 50 360
純負債 -10 100 -130 -10 -50 50 0
所得収支 3 -10 15 -3 5 -5 0
移転収支 -20 -20 0 20 -20 20 0
経常収支 83 -130 -45 17 -75 75 0
最終損益 73 -30 -175 7 -125 125 0

支出額・損益・所得額・貿易収支の各項目は実体経済循環マトリックスから転記したものです.「貿易収支」は上の実体経済マトリックスでは「財収支」と呼ばれています.入金高・出金高は金融経済循環の各ノードの取引金額合計で,

金融収支=入金高-出金高ですが,これは実体経済循環の損益=財収支=貿易収支に相当します.最終損益は,貿易収支+金融収支で,実体経済と金融経済を統合した統合経済循環マトリックス上の帳尻を示す数字です.金融経済循環マトリックスの当事者(経済単位)プロパティのリストを示します.

金融経済循環マトリックスの当事者(経済単位)プロパティ

以下では,すべての取引は金融取引(財貨の移動を伴わない通貨のみの移転)であるとする.通常は債務/債権を対価とする等価交換取引だが,債務/債権の存在を仮定しない通貨の純移転(非経済的取引=贈与)の場合を含む.※グレー表示した項目は金融経済マトリックスに含まれない参考値

  1. 支出額 当事者が支出した最終消費額と損益の合計(参考値←実体経済循環計算表)
  2. 損益 売上高と支払い高の差額(参考値←実体経済循環計算表)
  3. 出金高 当事者が支出したすべての金融取引額の合計(内部取引を含む)
  4. 資産配当 当事者の債務に関わる債権者への配当支出金額の合計
  5. 純転出 当事者が債務/債権に関わりなく外部に純移転した金額の合計
  6. 金融資産 当事者が支出して獲得した債権額(実取引価格)の合計
  7. 所得額 当事者によって生産された付加価値(参考値←実体経済循環計算表)
  8. 貿易収支 =財収支=損益(参考値←実体経済循環計算表)
  9. 入金高 当事者が受け取ったすべての金融取引額の合計(内部取引を含む)
  10. 金融収支 入金高と出金高の差額
  11. 資産所得 当事者の債権に関わる配当(地代・利子・配金など)の収入金額の合計
  12. 純転入 当事者が債務/債権に関わりなく外部から受け取った純移転金額の合計
  13. 金融負債 当事者の債務(証書)の代価として受け取った金額(実取引価格)の合計
  14. 純負債 金融負債と金融資産の差額
  15. 所得収支 資産所得と資産配当の差額
  16. 移転収支 純転入と純転出の差額
  17. 経常収支 貿易収支と所得収支,移転収支の合計
  18. 最終損益 貿易収支と金融収支の合計

さて,これで一応経常収支のところまではできたと言いたいのですが,国際収支統計ではその後に,①資本移転等収支,②金融収支という2つの収支統計を立てています.これらは以前は資本収支として統合されていたものですが,2009年のIMFの国際収支マニュアル改定時に別建てに変更されています.①資本移転等収支には,(1)対価の受領を伴わない固定資産所有権の移動,(2)債務免除のほか、(3)非生産・非金融資産の取得処分等の収支状況が含まれますが,以下のような理由から経済循環マトリックスでは,資本移転等収支という別枠を設けないことにしました.

経済循環マトリックス計算は「決済システム」であることを本義とするので,「通貨の移転を伴わない財貨のみの移動」という取引は基本的に対象外ですが,AからBに財貨Mを無償で移転する場合,たとえば,通貨の最小単位を1円として,BA1円を支払って財貨Mを手に入れるという取引は現実的に可能です.別の方法としては,①AからBM円の資金を提供し,ついで,②Bがその資金で財貨Mを購入するということもできます.「対価の受領を伴わない固定資産所有権の移動」はこのような「通貨の移転を伴わない財貨のみの移動」取引に含まれるため,システムを拡張することなく対処可能であるとしました.

金融経済マトリックス計算では,(a)資産配当計算,(b)通貨の純移転を除くすべての金融取引(c)は,債務者⇔債権者間の資金移動として扱われます.つまり,(a), (b)を除く一般の金融取引(c)は,すべて「債務/債権に関わる取引」であるということになります.このとき,債務の返済は債務者B→債権者Aのように表示されますが,これは債務者Bが債権者Aに新たな債務(ABに債務を負う)関係を設定していることと(外形的には)等価であり,自動的にはAの返済額分の債務が帳消しになるような動作にはなりません.これはマトリックス計算がストック(負債残高)を保持していないための事象です.

また,「通貨の移転も財貨の移動も発生しない」という取引もあり得ます.たとえば「債務免除」という取引の場合,債権者Aと債務者Bの間には資金移動は発生しませんが,明らかに債務者Bには免除額相当の利得が発生しています.上表にはこのような事例としてA社からbへの貸付50のうち,20を債務免除する取引を記載しました.この取引は実際には,①A社からbに資金20を純移転(供与)したのち,②bからA社への債務取引として20を送金するという手順の合成として実現されます.債務免除という取引は「資本移転等収支」に含まれますが,日本銀行の国際収支統計項目別の計上方法の概要では,その手続を以下のように説明しているので,上記の「合成手順」とまったく同義と考えられます.

債務免除とは、債権者と債務者の契約上の合意によって債務の全額または一部を任意で免除することです。具体的にみると、対外貸付の返済を免除した場合、「金融収支」の該当項目において資産の減少を計上し、同額を「債務免除」の支払に計上します。

「非生産・非金融資産取引」には,天然資源(鉱業権、土地等),経済資産として認識される契約・リース・ライセンス(排出権、移籍金等)およびマーケティング資産(商標権等)の取引が含まれます.ただし,これらの経済資産は財貨ではなく,「権利」のような「無形資産」と考えられているようです.しかし,これらの「経済資産」を「資産」として扱うのは,テクニカルな意味でかなり難しいような気がします.「土地」のようなものであれば,売買することにより所有権が移転することは明らかですが,「ライセンス」などの無形資産の場合,その権利が排他的なものであることは必ずしも保証されません.

知的財産権等使用料などはサービス消費に区分されますが,その所得源泉としての知的財産権などは,むしろ「資本財」の区分に入れる方がわかり易いというのが我々のポジションです(つまり,生産財).生島さんなら,多分「たとえば,AIは人間の知能・能力を増強するという意味での資本財」という立ち位置にご同意頂けるのではないかと思います…以上から,「資本移転等収支」という枠組みは,既存の実体経済マトリックスないし,金融経済マトリックスの中で(システムを拡張することなく)処理可能と考えています.

ここで,IMFの国際収支マニュアル第6版に含まれる,国際投資ポジションInternationalInvestmentPosition)という取り組みに関して少し検討してみたいと思います.国際投資ポジションとは,「年末などの特定日における,ある経済圏(国や地域)の対外金融資産・負債の残高(ストック)を表す統計表」として定義されています.上記したように,マトリックス計算では(ノードの持ち分以外の)ストック(負債残高)情報を持っていませんが,「取引データ」を使ってどこまでできるかを試してみることも意義があるのではないかと思います.

下記のマトリックスは,上の金融経済マトリックス計算表から起こした負債残高表です.負債残高はマトリックスのセルに個別に記録された{}で囲まれた数値で,N()をi番目のノード,C(i,j)をi行・j列のセルとすると,C(,)の負債残高{}は,ノードN()はノードN()にdの負債を負っていることを意味します.金融経済マトリックス計算では,金融資産と金融負債の絶対値にはあまり意味がなく,その差額である「純負債」のみが正しい値になっていましたが,負債残高表を使えば「正味資産/負債」を計算することができます.下記の表では金融所得取引と純移転取引は省きました.

A B a b X Y 支出額 損益 出金高 純転出 金融
資産
正味
資産
A 社債100
{100}
貸付50
{10}
150
{110}
160 100 182 20 150 110
B (10) 100 -100 30 20
a 新規株100
{100}
100
{100}
国債50
{50}
60 -60 150 150 150
b 返済20
免除分20
株譲渡20
{20}
60
{20}
60 0 65 60 20
X 140
{100}
100
{100}
20
{20}
50
{10}
310
{230}
50
{50}
380 -60 427 40 360 280
Y 180 60 5 0
所得額 160 100 60 60 380 180 560
貿易収支 100 -100 -60 0 -60 60 0
入金高 155 100 35 72 362 70 432
金融収支 -27 70 -115 7 -65 65 0
純転入 20 20 20 40
金融負債 140 100 20 50 310 50 360
正味負債 100 100 20 10 230 50 280
純負債 -10 100 -130 -10 -50 50 0
所得収支 3 -10 15 -3 5 -5 0
移転収支 -20 -20 0 20 -20 20 0
経常収支 83 -130 -45 17 -75 75 0
最終損益 73 -30 -175 7 -125 125 0

やってみましたが,これも手間が掛かる割にはあまり引き合わない計算であるような気もします.というのは,この{負債残高}はすべての債務・債権の合算であり,たとえば貸付も株式所有も証券もすべて一緒くたに合算したものになっているからです.しかも,この計算方式では「持ち合い」ということもうまく表現することができません.ノードN()とノードN()が同額の株を持ち合っていた場合には,C(,)の値も,C(,)の値もどちらもゼロになってしまうからです.「返済」という取引を表示するのに,取引金額に「負値」を使うことを許すことにすれば,この問題は解消できる可能性はあります.T(,)という取引では,通貨はつねにノードN()からN()に移動するものとしていましたが,値がマイナスの場合には移動方向を逆転させるということは実装可能です.この方針でもう一度負債残高表を書き直してみましょう.

負債を減額するような取引はすべて負値で表示するということになるので,上記の例で言えば,b→A社の返済20と,A社→bの債務免除に対応した,b→A社の免除分20の取引が負値となり,取引の位置も(A社, b)から(b, A社)に移動することになります.b→aの株譲渡20というのはどうなるのでしょう?これはaの持っている債権20をbに移転するという取引ですが,そのためには,aの資産を減額し,bの資産を同額増額する必要があります.現行では,bの資産が増額し,aの負債を増額するという動作になっています.取引額にマイナスを与えた場合の動作T(x, y)はxの資産を減額し,yの負債も同額減じるような動作になるはずです.aの資産の源泉である負債の債務者Xが特定できれば,Xがaからその債権を買い戻し,ついでbにそれを売却すればよいのですが,そこまでの履歴は残っていません.少し考えてみましょう.

金融取引ではすでに3種の取引種別(債権取引,資産所得,純移転)を導入しているので,これ以上複雑にしたくないところですが,少なくとももう一種の取引を導入するしかなさそうな感じです.債務/債権取引には以下のパターンがあります.

  1. Aの資産増加,Bの負債増加 通貨(+)の移動はA→B 負債の発生
  2. Aの資産減少,Bの負債減少 通貨(-)の移動はB→A 負債の返済
  3. Aの資産増加,Bの資産減少 通貨(+)の移動はA→B 債権の移転 
  4. Aの負債増加,Bの負債減少 通貨(-)の移動はB→A 債務の移転

2のパターンは1の逆と考えられるので,1の取引パターンで取引額に負値を与えることで表現できます.4の取引も同様に,3のパターンの逆パターンとみなすことができるとすれば,3の取引種別を導入すればよいということになりそうです.⇒いや,この方法には欠陥があります.マトリックス計算の縦横計算,つまり複式簿記算法が崩れてしまいます.これを避けるためには,たとえば,b→a+20bの資産を+20)とした上でa→a-20aの資産を-20)とすれば,3のパターンをカバーすることは可能ですが,セルごとの負債残高をキープしようと思ったら,これだけでは足りません.やはり,a→A-20b->A+20という2ステップの合成しかなさそうです.逆に言えば,負値を許すことにすれば取引種別は標準的な「債権取引」があればよいということになります.いまのところ個別ノード間の債務状況までの興味はないので,負債残高表は作らないという方針で,前者の方法※※を試してみることにします.

aが保有するA社の株式20をbに有償譲渡する手順.A社の負債20がaからbに移転するため,a→A-20,b->A+20という合成ステップになる.

前者の方法:aが保有する株式20をbに有償譲渡(転売)するという取引を①b→a+20,②a→a-20という合成ステップとして実現する手順.この取引によってaの資産は20減少し,bの資産は20増加する.

A B a b X Y 出金高 資産
配当
純転
金融
資産
A 社債100 配当(10) 貸付50配当(2)
免除[20]-20
返済-20
(12)[20]
150-40
142 12 20 110
B 利子(10) (10) 供与[20] 30 10 20
a 新規株100 資産減-20 100-20 国債50 130 130
b 利子(5) 資産増20  (5)20 25 5 20
X (15)100 100 (10) (2)[20]
50
-40
(27)[20]
250-40
[20]50 327 27 40 260
Y 配当(5) (5) 5 5
入金高 115 100 15 32 262 70 332
金融収支 -27 70 -115 7 -65 65 0
資産所得 15 15 2 32 32
純転入 20 20 20 40
金融負債 100 100 10 210 50 260
純負債 -10 100 -130 -10 -50 50
貿易収支 100 -100 -60 0 -60 60 0
所得収支 3 -10 15 -3 5 -5
移転収支 -20 -20 0 20 -20 20
経常収支 83 -130 -45 17 -75 75
最終損益 73 -30 -175 7 -125 125 0

前の債務残高表と比較すると,金融資産/負債の帳尻が280から260に減じています.これは前回の計算には株譲渡20の調整が入っていなかったためと思われます※※.この方式では債務残高表を作ることはできませんが,正味資産/負債は正しく計算できます.もし,債務残高表を作るのであれば,「債務/債権の移転」では一つの取引を分解して元の債務関係を調整するステップを追加する必要がありますが,IMFの「国際投資ポジション」でも,そこまでは要求していないようなので,ここまでとします.国際投資ポジションでは債権を分類して区分集計していますが,これもパスとします.(国際投資ポジションでは,直接投資,証券投資,その他投資,外貨準備を区分,さらに直接投資を株式資本,再投資収益,その他資本に区分,証券投資を株式と債券に分割し,債券では中長期債,短期債,金融派生商品を区分している)

※注意:金融資産/負債の数値は実取引金額から起算しているので,必ずしも債券額面の総額を示すものではありません

※※前回の計算」に見える「b→a株譲渡20」は実質的には「bはaに20貸付」という意味になり,「株譲渡」の手順になっていない.

IMFの国際収支基準は何度か改訂されていますが,2009年の改訂にはリーマンショックの反省が込められていると見ることもできます.ただし,その反省が,金融経済の欠陥を正すためのものであるのか?それともその欠陥をむしろ隠蔽することを意図するものであったのかはよく分かりません.少なくとも実体経済と金融経済をできるだけデカップリングするという方向性だけは伺われるように思われます.実体経済と金融経済は一卵性シャム双生児のように身体のごく一部で結合しているだけで,ほとんど「昼」と「夜」くらいの隔たりがあります※.

※一例を挙げると,上の計算表で個人bは,A社から50の貸付を受け,うち20を返済して,20を債務免除してもらっていますが,実体経済の計算表で見ると,Y国に海外旅行して60を消費しています(笑).この人物は給与60B社から得ているので,自分で稼いだ分を使っているのかも知れませんが…まぁ,昼と夜の顔が違うのは仕方ありません…

実際,経済循環マトリックスで見ると,実体経済循環と金融経済循環の接点は「持ち分」の共有という一点に尽きます.金融経済の「資本投資」と実体経済の「資本投資」では同じことばを使いながら,実態はまったく異なると言ってよいくらいです.一応ここまでできたので,経済循環マトリックスを使って少し遊んでみることにしましょう.たとえば,儒教的経済循環マトリックス,仏教的経済循環マトリックス,イスラム的経済循環マトリックスなどこれまで経済とは無関係と思われてきた観念が経済と深く結びついていることが確認できます.

通貨の純移転という取引は標準の金融循環マトリックスでは金融資産/負債収支に関わりがありませんが,これを金融収支に直接組み込んだものが儒教的経済循環マトリックスです.つまり,通貨の無償供与を償還期限無期限の債務と捉えるという考え方です.別のことばで言えば,「恩義はいつか返す必要がある」という倫理規定を経済の用語で説明し直したものと言えるでしょう.「贈与」という関係/取引は通常では「債務」を発生させませんが,儒教的世界観ではそうではありません.ただでもらったものはいつか必ず「恩返し」しなくてはならないという強い観念(原理)が存在します.親子関係における「孝」や,主従関係における「忠/恩」などの観念はそれを「徳目」として強調したものですが,ある意味で合理的/数理的な考え方であるようにも思われます.かつては先進国からODAを受けていた開発途上国が経済発展して債権取り崩し国となった老大国を援助するような逆転現象も,「国際収支発展段階説」で説明するより,むしろ「儒教的経済循環」で説明した方がわかり易いかもしれません.え!?,中国の孔子学院ってそのために設立されてたの?

仏教的経済循環マトリックスというのも,これと似ていますが,負債残高表を持たないところにその特長があります.儒教的経済循環マトリックスには負債残高表が存在し,誰から誰への負債か,その額はいくらかということが「記憶」され,債務返済はその債権者に対して直接なされなくては意味がありません(親は一組しかいないし,忠臣は二君に仕えることはできない).一方,仏教的経済循環マトリックスでは負債残高表を持たないので,誰にいくら借りがあったのかを追跡することができません.しかし,その債務はいつか必ず返済されなくてはならないものであり,また,なんらかの複雑な経路を経て自分自身のところにも帰還してくるものであると説いています.この理論はグラフ理論的にはかなり納得のいくものです(実際,経済=エコシステムが本質的に循環であることは明白です).「借りたものは返さなくてはならない」というのは交換経済の鉄則ですが,その返済は必ずしも当の相手に対するものである必要はないという自由度がこの経済循環システムのおおらかなところです.システム的にはこれで完全に整合するので,ある意味で儒教的経済循環より一回り大きいスケール感があります.

イスラム的経済循環マトリックスというのは,所得収支を金融経済循環から実体経済循環に移動したものと見ることができます.イスラムではお金を貸して利息を取ることを教義的に禁じていますが,イスラムの教義に従って運営されるイスラム銀行というのも存在します.イスラム銀行も通常の銀行と同様の融資(貸出)を行いますが,貸したお金に対する利息ではなく,金融サービスに対する対価として妥当な手数料を徴収します.これは結局,所得収支を実体経済マトリックス上で計算することを意味します.わたしは元々,所得収支というのは,お金の使用料(レント)であり,レンタル料金と同種の性格のものなのだから,実体経済で扱うべきだと考えていたので,イスラム的経済循環の方がしっくりきます.経済循環マトリックスの帳尻がゼロサムゲームであるというのは,厳然たるというより,数理的な自然法則ですが,そのゲームを弱肉強食の勝者総取りゲームとするのか,それとも相互に助け合う共助共栄のシステムにするのかはすぐれてシステム設計に依存します.このような意味で,過去の偉大な宗教家はそれぞれなんらかの意味で,経済循環システムの設計者でもあったことは確かでしょう.

NHKの大河ドラマ「青天を衝け」の主人公渋沢栄一はわたしが居住しているこの町が生んだ「郷土の偉人」ですが※,その彼に「論語と算盤」という本があります.わたしはこの本をまだ読んでいませんが,西欧流の資本主義を学んだ栄一による西欧流資本主義批判であったのではないか?という気がしています.経済と倫理・宗教が表裏一体の関係にあることはある意味で当然かもしれません.ユーゴーのレ・ミゼラブルの中に,刑務所から脱走したジャン・ヴァルジャンが泊めてもらった教会から夜中に銀の食器を盗んで逃走し,警吏に不審者として見咎められてミリエルという田舎司教の前に引き出されるという場面があります.ここでは「貨幣的でない取引」の意味する「窃盗」という通常の解釈が,第二の解釈である「善意の贈与」に逆転し,倍返しで「銀の燭台」まで差し出されるという劇的なシーンです.ジャン・ヴァルジャンを連行した警吏はこの経済学的解釈の大逆転に対抗することができません.経済とは,広い意味での世界解釈と言えるのではないでしょうか?

イエスは「カエサルのものはカエサルに」と述べていますから,彼が経済循環,特に貨幣の循環について深い洞察を持っていたことは確かだと思いますが,キリスト的経済循環マトリックスの具体的なイメージはただちには思い浮かびません.しかし,「一日の苦労は,その日一日だけで十分である」と述べているところからも,その経済循環が「持ち分」の増減の少ない,従って所得格差も極小であるような(入次数と出次数が一致する)オイラー有向閉路的な持続可能社会を目指していたことは間違いないように思われます.「貨幣的でない取引」の一方の極には「略奪」があり,それを転倒するものがミリエル司教の「贈与」であるとすれば,「地上のものではない」とされる「イエスの天国」も意外に身近な現実性を帯びて来ます.

※蛇足:渋沢栄一が新一万円札の顔になるというのはある意味で妥当な帰結と思われますが,それを一番最初に提案したのはわたしの高校時代の友人加藤浩康です.加藤は埼玉県議をやっていましたが,渋沢栄一翁顕彰事業の一環として,栄一の肖像を一万円札に採用することを十年前に提唱し,率先して活発な議会活動を行っていました.

経済循環マトリックス計算のルールブック(更新:2021/07/25

支払高=∑(行の全要素)=仕入高+最終財
売上高=∑(列の全要素)=卸売高+消費財
仕入高=∑(行の全仕入)支払高-最終財
卸売高=∑(列の全仕入)=売上高-消費財

最終財=∑(行の純消費)=支払高-仕入高
消費財=∑(列の純消費)=売上高-卸売高
純消費消費財最終財

仕入尻卸売高仕入高
財収支=仕入尻純消費
損益=売上高-支払高=財収支

所得額=売上高-仕入高
生産額=消費財仕入尻
支出額=最終財+損益

所得額=純支出=純生産(単位経済の三面等価原理)

総消費=∑消費財)=∑(最終財
総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)=∑(生産額)

総生産=総所得=総支出=総消費(総体経済の四面等価原理)

総取引額=∑支払高=∑売上高
中間総取引額=∑(卸売高)=∑(仕入高
総取引額(トランザクション総量)=中間総取引額+総生産

金融収支=純負債+所得収支+移転収支

最終損益=貿易収支(損益)+金融収支

(損益)=∑(財収支)=0(財貨的ゼロサムゲーム)
(金融収支)=0(金融的ゼロサムゲーム)
(最終損益)=∑(損益+金融収支)=∑(損益)+∑(金融収支)=0(貨幣的ゼロサムゲーム)

国内総生産=消費+投資+政府支出+純輸出

経常収支=貿易収支+所得収支(第一次所得収支)+移転収支(第二次所得収支)

国民総所得(GNI)=国内総生産(GDP)+所得収支
国民総可処分所得(GNDI)=国民総所得(GNI)+移転収支

2021/07/27 15:25

生島さん,下田さん

「経済」とは「個別取引」の総和ですが,取引の形態にはいくつかのパターンがあります.

  1. 財貨と財貨の交換 (物々交換)
  2. 財貨のみの移転  (略奪/贈与)
  3. 財貨と通貨の交換 (実体経済)
  4. 通貨のみの移転  (金融経済)

「財貨と財貨」の交換は「物々交換」の時代に行われる取引で,現在はかなり特殊な場合(外貨不足国家間のバーター貿易,禁輸品の交換取引など)にしか行われません.「財貨のみの移転」は「物々交換」よりももっと古い取引形態で,その経済主体の特性,意図により,窃盗・詐取・略奪・侵略・戦争(国家も独立した経済主体の一つ)から物資の配給・供与・分配・養育・扶養・介護・ギフト・災害支援・困窮者支援,その他の幅広いスペクトラムを持つ経済行為です.(これら2つの取引形態は経済循環マトリックスでは原則として扱われません)実体経済マトリックスでは「財貨と通貨の交換」のみを対象とし,金融経済マトリックスは「通貨のみの移転」を扱います.ただし,実体経済マトリックスと金融経済マトリックスを合併した統合経済循環マトリックス上では「財貨のみの移転」取引を,金融経済マトリックス上での「資金提供」と実体経済マトリックス上の「提供資金による購入」手続きに分散/分割することにより,擬似的な「貨幣的取引」として扱うこともできます.

「デフォルトしない決済システム」上に構築された「健全な経済循環グラフ」をエコシステム(永続経済循環グラフ)と呼ぶとすれば,「永続経済循環グラフ」の定式化はほぼ「持続可能社会の実現」と同義であると考えられます.「健全な」という用語は未定義ですが,ここでは「病理的な」という語句の反対語とお考えください.(現在の貨幣循環システムはかなり「病理的(pathological)」であるという認識があります)健全な経済循環グラフを定式化するためには,おそらく環境経済学の領域にまで経済循環グラフを拡張する必要があるでしょう.

自然界は完璧な食物連鎖ネットワークからなる「無駄のない」エコシステムと考えられますが,それを経済循環グラフとして表現するにはどうしたらよいのでしょう?食物連鎖は複数の経済的取引からなる循環系と考えられますが,明らかにこの「取引」は「財貨のみの移転」カテゴリーに属する「略奪」や「捕食」の世界です.「捕食者」は相手を丸ごと食べてしまうので,仮に自然界で通用する「仮想通貨」を考えたとしても,それを供与する相手がすでに存在しないため,意味をなしません.生命のようなものを一種の「通貨」とみなして「通貨のみの移転」とするスキームは考えられますが,この通貨はただちに「蒸発」してしまうので,計量に向きません.

ともかく,自然界を①植物界,②動物界,③人間界,④環境(大気・大洋)の4セクタからなる酸素循環系として構成するところから始めてみましょう.取引対象となる「財貨」は経済主体である生物の個体そのものですが,(ほとんど)すべての生物は有機物(炭素化合物)であると考えられるので,その個体に含まれる炭素原子量を個体の「価格」とみなすことにします.通貨単位は酸素分子です.二酸化炭素は1個の酸素分子と1個の炭素原子が結合したものですから,n単位の個体生物を分解するためには,n分子の酸素を要すると仮定できます※.つまり,n単位の個体生物とn分子の酸素は等価であると言えます.

生物の通常の生命活動の部分を(通貨の移動を伴わない)実体経済とし,酸素通貨の交換プロセスをその裏面の金融経済(酸素経済)として見ることもできるかもしれません.「環境」はこのモデルでは,一種の中央銀行のような役割を果たしているものと考えられますが,酸素経済ではすべての球が集まってくるピッチャのようなポジションですから,むしろ主要プレーヤとも見られます.植物界には1000単位の植物が生育し,動物界には100単位,人間界には20単位の個体が生息しているものとしましょう.以下のようなシチュエーションを考えます.

  1. 植物1000単位のうちの400単位は草食動物の食料となり,100単位が人間の食料になります.
  2. 人間は,さらに植物200単位を燃料として消費します.
  3. 植物は生成した有機物のうち,100単位を自身の生命活動のために消費し,残り200単位は土壌に還ります.
  4. 土壌に戻った200単位は植物界の微生物によって全量が水と二酸化炭素に分解されるものとします.
  5. 動物100単位のうち50単位は別の肉食動物の食料として消費され,20単位が人間の食料となります.
  6. 動物は食物の動植物から摂取した有機成分のうちの350単位を自身の生命活動のために消費します.
  7. 捕食されなかった30単位の動物は,植物界の微生物によって全量が水と二酸化炭素に分解されます.
  8. 人間は食物の動植物から摂取した有機成分のうち100単位を自身の生命活動のために消費します.
  9. 誰からも捕食されずに死を迎えた人間はすべて荼毘に付されて環境に召還されます.
植物界(1000) 動物界(100) 人間界(20) 大気・大洋 仕入高 最終財 酸素
排気
CO2
排気
酸炭
損益
植物界 P生産1000
P
活動100
P
分解200
P草食400 P菜食100
P
燃料200
O2排気1000
CO2
排気500
1500 500 1000 500 500
動物界 A分解30 A生産100
A
捕食50
A
活動350
A肉食20 CO2排気380 170 380 380 -380
人間界 H生産20
H
活動100
H
分解20
CO2排気120 20 120 120 -120
大気・大洋 O2吸気330
CO2
吸気1000
O2吸気350 O2吸気320
卸売高 1000 550 140 1690
消費財 330 350 320 1000
酸素吸気 330 350 320 1000
CO2吸気 1000 1000
酸炭収支 -670 350 320 0

この経済では実体経済マトリックス上では通貨の移動は行われないので,支払高と売上高の集計はありません.また,酸素と二酸化炭素はコインの裏表のような関係にあります.この経済循環マトリックスは化石燃料が使われる以前の主に農耕を主たる産業とする経済モデルですが,(薪炭)燃料200というのが計上されているので(この数字には食用および灯火用の油が含まれていると考えるのが妥当でしょう),産業革命以前のほぼほとんどの国,ないし地域の環境経済に適用できるのではないかと思います.このマトリックスを読む上でもっとも重要なポイントは,「この経済ではいかなる事態が起ころうとも,酸素供給量が全生物の生存に要する所要酸素量を下回ることはない」,つまり,「この環境経済ではストックとしての酸素量は増加することはあっても,減少することはない」と言えるという点にあります.なぜ,そんなことが言えるのでしょうか?ぜひ考えて頂きたいと思います.

このマトリックスに化石燃料の収支を導入する前に,これを少しアレンジして,人類の生命維持系経済循環とでも呼ぶべきマトリックスを提示してみたいと思います.経済循環系を4つのセクタに分割します.①農地・飼料用農地(放牧地を含む)・果樹園・緑藻(海洋植物系),②家畜・魚介類(人間の食糧となる動物性タンパク源),③人類,④環境(大気・海洋).この経済圏は第一次産業分野(農林水産業,ただし林業を除く)にほぼ重なります.

農地・果樹園
・飼料用農地
・緑藻(1000)
家畜・魚介類
(100)
人類(20) 環境(大気
・海洋)
仕入高 最終財 酸素
排気
CO2
排気
酸炭
損益
農地・果樹園
・飼料用農地
・緑藻
P生産1000
P
活動100
P
分解200
P草食400 P菜食100
P
薪炭200
O2排気1000
CO2
排気500
1500 500 1000 500 500
家畜・魚介類 A分解30 A生産100
A
捕食50
A
活動350
A肉食20 CO2排気380 170 380 380 -380
人類 H生産20
H
活動100
H
分解20
CO2排気120 20 120 120 -120
環境(大気・
海洋)
O2吸気330
CO2
吸気1000
O2吸気350 O2吸気320
卸売高 1000 550 140 1690
消費財 330 350 320 1000
酸素吸気 330 350 320 1000
CO2吸気 1000 1000
酸炭収支 -670 350 320 0

かなり手抜きですが,数字はまったく変わっっていません!変更したのはトップ行のラベルのみです.これを示したのは,人間が生命を維持するために必要な最小限の環境経済循環を確認したかったからです.人間は,農場と果樹園から収穫した穀物と野菜と果実を食べ,飼料用農地や牧草地で生産した飼料によって飼育された家畜・家禽の肉や卵を食し,海洋(淡水域を含む)から漁獲された魚介類を食べて生きています.家畜類はすべて草食と考えられるので家畜・魚介類の自己取引セルの中にある「捕食」という取引は不要と考えられますが,大型の魚類は小型の魚類を食べるので,残しておきます.魚介類の食物チェーンは植物性プランクトンから始まりますが,「緑藻」と書いている中にはこれらの微小植物も含まれるとお考えください.(人間の食物にはタバコや酒などの嗜好品・お菓子類も含まれますが,食品の加工や運搬などに掛かるコストは除外されます)

上記したように,「この環境経済ではストックとしての酸素量は増加することはあっても,減少することはない」ため,人類および,その生存のために必要なすべての食物生物を供給する生態系を維持するために必要な「酸素」は,海洋を除けば,農地(飼料用農地・果樹園などを含む)面積を維持するだけで十分であるということが分かります.このことは温暖化ガスの議論の中であまり重視されていませんが,かなり重要なポイントであると考えます.これを逆に言えば,「化石燃料」の追加・導入による酸素経済収支を考えるときには,「化石燃料」と「森林面積」ないし,「化石燃料による二酸化炭素の排出量」と「森林の酸素供給キャパシティ」だけを対比させればよいということになります.これを確認するのに難しい数学は必要ありません.

森林 化石燃料
(石炭・石油)
環境(大気) 仕入高 最終財 酸素
排気
CO2
排気
酸炭
損益
森林 森林資源産出量=
落葉蓄積量+
材木生産量
5000
森林呼吸量500
落葉分解量500
O2排気5000
CO2
排気1000
5000 1000 5000 1000 4000
化石燃料 化石燃料の
酸素消費量
4000
CO2排気4000 4000 4000 -4000
環境
(大気)
O2吸気5000
CO2
吸気1000
卸売高 5000 5000
消費財 1000 4000 5000
酸素吸気 1000 4000 5000
CO2吸気 5000 5000
酸炭収支 -4000 4000 0

カーボンゼロを実現するために必要な条件は,

化石燃料の酸素消費量≦森林資源産出量
森林資源産出量=材木生産量+落葉蓄積量=材木生産量+落葉生産量落葉分解量
落葉分解量=落葉生産量x落葉分解率

落葉分解率は樹種,地域,気温などによってかなりのばらつきがありますが,亜熱帯地方でも0.5程度と思われます.熱帯地方ではもっと大きくなるため残存炭素量は「かなり」少なくなります.上の生命維持系経済循環マトリックスでは,(安全を見て)この値を1.0(残存炭素量ゼロ)としています.土壌中の残存炭素量は時間経過とともにおおむね均衡状態に達しますが,この段階では一定量の炭素が地下水系から外部環境(大洋?)に流出しているものと思われます.(このマトリックスでは森林に生息する動物たちの酸素収支が無視されていますが,動物たちの食糧となる植物の酸素量は「森林資源産出量」からあらかじめ控除されていると考えられるので,特に問題はありません.むしろ問題になるとしたら,熱帯雨林の酸素収支がほとんどゼロに近いと推定される点でしょう.もちろん,バイオエタノールなどバイオマス資源から生成される燃料分の酸素も控除されなくてはなりません.)

2050年までにカーボンゼロというと,2050年には石炭やガソリンは使えなくなるのか!?と思ってしまいますが,それは間違いです.森林が存在する限り,逆に言えば地中に埋設された化石燃料が存在する限り,それを使い続けることができます.「化石燃料の使用量を削減しなくてはならない」という言い方が誤解を招いているのではないでしょうか?つまり,「化石燃料の使用量を削減しなくてはならない→化石燃料使用ゼロまで」のように受け取られている気配があります.むしろ,「どこまでならよいのか」という限度を明示してそれを維持するにはどうすればよいかを考えた方がよいような気がします.現在は地球周回軌道上に無数の人工衛星が存在し,それらから解像度の高い衛星画像を得ることができるので,森林面積を特定することは難しくありません.

森林資源産出量を決定するためには,その地域の林業の材木生産量や樹林の落葉生産量と分解率をそれぞれ個別に計測しなくてはなりませんが,それも不可能ではありません.地域ごとに公的機関によって認定された森林の酸素産出量に応じた「酸素チケット」を発行し,ある酸素単位の化石燃料を消費するには,それと同単位の酸素チケット(グリーン券)が必要であるということにすればよいのです.言ってみれば,炭素税ならぬ酸素税ですが,1単位の酸素の価格は酸素チケットをオークションに掛けることによって市場で決定することができます.その価格が再生可能エネルギーの価格より高ければ,消費者は化石燃料の消費を減らして再生可能エネルギーを使う方向に向かいます.この方法の利点は「いつかある日その目標を達成できるときが来る」のではなく,この制度を始めたその日から目標が達成されている,つまり酸素供給量を超える化石燃料はルールにより使えないというところにあります.森林を持っている地域には直接収入となるので,森林を維持するための強いインセンティブになるでしょう.

――グリーン車にご乗車になる方は車内でグリーン券をお求めください

2021/07/27 20:17

訂正:森林経済循環マトリックスにやや混乱したところがありますので,以下のように修正します.

森林 化石燃料
(石炭・石油)
環境(大気) 仕入高 最終財 酸素
排気
CO2
排気
酸炭
損益
森林 森林生産量
6000
森林呼吸量500
落葉分解量500
その他控除1000
O2排気6000
CO2
排気2000
6000 2000 6000 2000 4000
化石燃料 化石燃料の
酸素消費量
4000
CO2排気4000 4000 4000 -4000
環境
(大気)
O2吸気6000
CO2
吸気2000
卸売高 6000 6000
消費財 2000 4000 6000
酸素吸気 2000 4000 6000
CO2吸気 6000 6000
酸炭収支 -4000 4000 0

カーボンゼロを実現するために必要な条件は,

化石燃料の酸素消費量≦森林資源産出量
森林資源産出量=材木生産量+落葉蓄積量=材木生産量+落葉生産量落葉分解量
落葉分解量=落葉生産量x落葉分解率

森林生産量=森林資源産出量+森林呼吸量+落葉分解量+その他控除

その他控除にはバイオエタノール生産などに用いられるバイオマス資源や,森林内に生息する動物たちの食糧となる木の実などの生産量が含まれます.落葉生産量には,枯死した倒木や落枝などの他,製材などの加工から発生する(焼却処分される)残滓が含まれます.化石燃料の酸素消費量の上限を決める森林資源産出量材木生産量落葉蓄積量から決定されるので,その他控除の多寡には影響されません.「材木生産量」の「材木」に相当する木材は,相当の長期間(50100年以上)分解されない(焼却しない)用途に使われることを想定しています.

2021/07/29 22:03

生島さん

>非常に壮大な構想ありがとうございます。

どうも,どこまでも広がって止まりません…そろそろ手仕舞いしなくては…

>2つの目標とは
1.2050
年 カーボンニュートラル
2.2030
年 世界的飢餓撲滅

明らかに「食糧生産」の問題はカーボンニュートラルとトレードオフの関係にあります.「熱帯雨林を潰すな!焼き畑を止めろ!」という大合唱が聞こえますが,わたしからすると転倒しているような気がします.前便でも指摘したように,「耕地面積」と「人類」生存のための所要(最小)酸素量はほぼ「対応」しています.従って,人口が増えたら,それだけ耕作地を増やす以外の対策はわたしには考えられません(日本には半強制的に休耕している農地が相当あります).これが森林面積の縮小を意味するとしたら,それだけ化石燃料の消費を減らし,再生エネルギーの利用に振り替えることで対処できます.砂漠を緑化するということも考えられます.ただし,砂漠はおそらく地球環境にとっては,クーリングシステムの作用(輻射機能)を持っていると思われるので,地球温暖化を促進するかも知れません…(農業国=貧乏国という設計がそもそもの間違いです

(考えてみれば当然のことですが)人間が口から食べた食物の量と,人間が鼻から取り込む酸素の量が(酸素経済通貨単位で)ほぼ厳密に(遺骸として死後に残存する物質量と母親の胎内にいる時期の収支を除き)一致しているという事実はわたしに取ってもかなり意外な発見でした.この事実がほとんど見落とされているのは,酸素の供給者と需要者の距離が離れ過ぎていて,絶望的なまでに「トレーサビリティ」を欠いているためと考えられます.前便の「仏教的経済循環マトリックスでは負債残高表を持たないので,誰にいくら借りがあったのかを追跡することができません.しかし,その債務はいつか必ず返済されなくてはならないものであり,また,なんらかの複雑な経路を経て自分自身のところにも帰還してくるものであると説いています.」という説明は多少分かりづらいところがあったかも知れませんが,わたし達が,どこに生えているのかも知らない名もなく声を上げることもない植物が無償で提供してくれている酸素を「毎日」呼吸しているというこの「環境経済」の不思議な仕組みを考えれば,仏陀の説いた超経済(仏教的循環マトリックス)のリアリティが実感されるのではないかと思います.

>私はときどきこれを見て北極海の氷がなくなる日を予想しています。

北極海を真っ白いスワンのようなフェリーが行き来する光景が目に浮かびます.すでに「北極航路」はホットなプロジェクト次元に入りつつあり,中国も虎視眈々とこの海域を睨んでいるようですが,最近イタリアがロシア主導のプロジェクトから脱落しました.日本はこのプロジェクトに10%程度加担しているようですが,もっと力を入れてもよいと思います.ロシアにはこれから環境条件の好転するシベリアという広大なフロンティアもあります.実は,この計算表を見直しているうち,地球温暖化の行く末に関してはかなり悲観的な見通しに達してしまいました.前回の訂正便では,カーボンゼロを実現するための必要条件は,

化石燃料の酸素消費量≦森林資源産出量=材木生産量+落葉生産量落葉生産量x落葉分解率)

であるとしていますが,正確には,

化石燃料の酸素消費量≦森林資源産出量=材木生産量+落葉生産量x落葉残存率

とした方がよいかも知れません.というのは,落葉分解率というのは一般には「分解速度」を意味しているからです.落葉残存率は分解されないで最終的に土壌中に残留すると推定される資源量の生産量に対する割合です.この式では材木生産量を化石燃料の酸素消費量の上限である森林資源産出量に計上していますが,このクレームが通るかどうか?が問題です.「材木」は資本財ないし耐久消費財(またはその原料)と考えられますが,その耐用年数はそれほど長いものではありません(もちろん,法隆寺のような例外もあります).耐用年数を過ぎた木材は最終的に焼却などの経路でほぼ全量が二酸化炭素と水に分解されます.もし,材木生産量を含めることが妥当でないとすれば,化石燃料に割り当て可能な資源量は土壌中に(ほぼ恒久的に)残存する落葉(倒木その他を含む)に限られることになります.多めに見積もってもこの落葉残存量は落葉生産量の半分程度です.悪いことに,頼みの綱の熱帯雨林の落葉分解率は非常に高いため,多くを期待できません.最悪,残存量ゼロということすら考えられます.つまり,熱帯雨林はほとんど自家産出酸素を100%自家消費してしまっている可能性があります!(針葉樹の落葉残存率は比較的高めですが,悲しいかな落葉生産量自体が多くない…)

化石燃料の酸素消費量≦森林再資源量(リサイクル資源)=落葉の地層残存量+二酸化炭素溶解量

結論的には,森林生産量のうち,化石燃料の酸素消費量に割り当てることができるのは,土壌深部に蓄蔵された未分解の落葉有機成分とそこから流出しておそらく大洋に帰還すると推定される水に溶解した二酸化炭素くらいしかないだろうということになります.これは,化石燃料の使用が認められるのは,遠い将来に鉱物性燃料に化成されるであろうリサイクル資源と相対で置換される場合のみということを意味します(確かにこれが経済収支原則というものでしょう).もし,これがカーボンゼロの意味しているところであるとすれば,それを達成することは著しく困難であるような気がします※.落葉分解率などに関しては詳細な実地研究が行われているようですが,地球規模で半恒久的に埋蔵される森林資源量を推計するなどの研究は見当たりません.まぁ,100年間くらいの移行期間を考えて,その間は材木生産量を化石燃料に割り当ててもよいとするのであれば,かなり緩和されることになりますが…怖くて,みんなして目をつぶっているのでしょうか?

※というより,不可能であることは自明と言うべきです.仮に化石燃料を生成するのに1万年掛かったとして,それを100年のオーダーで使い切ろうとしているのですから…え,数千万年ですか?あちゃー.しかし,逆の見方をすれば,森林面積がゼロになることは想定外であるとして,少なくとも森林再資源量(リサイクル資源)がゼロになるということもあり得ないと考えられるので,その限りにおいては,化石燃料の消費は恒久的に保証されているとも言えます.ただし,その前にピークオイルが到来することもおそらく不可避でしょう.この意味で石炭資源を含め,あらゆる資源は最後まで大切に使われるべきものです.逆に材木生産量をリサイクル資源から除外したとしても,「グリーンチケット」の有効性が損なわれるものではありません.むしろ,その重要性はより喫緊のものになると言っても過言ではありません.森林資源の保護は,「人類文明と天然自然の調和」を追求する中での資源配分の問題であり,絶滅危惧種問題にも関わりがありますが,森林保護と化石燃料の使用が敵対関係にあるという見方には同意できません.むしろ共存関係にあるというべきではないでしょうか?

>私は『自然界は完璧な食物連鎖ネットワークからなる「無駄のない」エコシステム』とは思っていません。

広い宇宙には,想像も付かないような生態圏(たとえばカーボンの代わりにケイ素を主成分とする生物とか…)があり得るでしょうし,あり得ないレベルで効率的なエコシステムがあっても不思議ではありません.ただ,ここで「無駄のない」と言っているのは,「効率」ではなく,「行き届いている」という意味で…わたしには「一カケラの落ちこぼれもいない世界」のように見えます(もちろん,人間界を除いては…).

>そして、システムダイナミックスの更なる普及と利用ですね。

経済循環マトリックスとシステムダイナミックスがリンクしたら,かなりおもしろいことになりますね!生島さんが予算取ってきてくれたらやってもいいですよ.てか,わたしも中断している仕事があるので,そろそろ戻らないと手遅れになります…うちのノウハウをそっくり提供しますので,やってくれませんか?メシが食えていればうちのコードをオープンソース化してもよいのですが,まだ,BIが始まるのには時期尚早だし,その前に,基礎年金(ベーシック・ペンション)を出してくれと言ってるんですけどね…これが,なかなか…消費税を廃止して,一般取引税に切り替えてしまえば,「財源フリー」になるのですが…いまは,赤字国債で時間をマブっているので,なかなか大胆なことができません…

>これは、AI兵器危機、今回のコロナ禍でわかったバイオハザードリスク、そして核リスクですね。これを見える化させるには相当なルール改正が必要です。

AI兵器については,わたしはn十年も前から警告を発していますが,多分ロボット法(ロボット工学三原則)では「ロボットが人間に危害を加えること」を禁止しています.しかし,「兵器」はもともと「人間に危害を加える目的」で開発された機械であり,自動化されればロボットですから,兵器全般の製造・保有・行使を全面的に禁止するしかありませんが,現行国際法秩序では毒ガスなどの化学兵器,細菌(ウィルスを含む)など生物兵器,核兵器(劣化ウラン弾なども),地雷以外は特に規制はありません.わたしには通常兵器(爆弾やミサイル)とこれらを区別する合理的な理由を見つけることができませんでしたが(残虐でない兵器がどこにありますか?フマキラーよりもハエたたきの方が道徳的という根拠はどこに?),最近になって,もしかするとこれかなと思われることがあります.それは「環境を汚染する兵器は禁止する」という発想です.不可逆的に汚染された環境を回復するためには幾世代にもわたる時間が必要ですが,その影響は戦争の勝者側にも不可避的に及びます.(最近は復活する動きもあるようですが)核実験が全面的に禁止されたのは,その「非人道性」を深く憂慮してというより,それによる大気・海洋汚染が「すでに」看過できないレベルに「達している」ことに科学者たちが気づいたためではないかと考えています.わたしはすでに海洋は十分過ぎるほど汚染されていると見ています(漁獲量の減少・漁獲物の小型化などさまざまな兆候から…).

>馬場さんのエクセルレベルのオントロジーは、是非何らかの標準化団体で仕様検討して欲しいものです。。

済みません.まだまだ未完成です.わたし自身使いこなしていません.前回提示した,環境経済循環マトリックス(植物界・動物界・人間界・環境)では,「この経済では実体経済マトリックス上では通貨の移動は行われないので,支払高と売上高の集計はありません」と書いていますが,苦し紛れの「虚言」です.わたし自身この図式の有用性は認めていますが,まだ,整理しきれていません.生島さんに突つかれて大慌てで見直したものですが,以下のように訂正しておきます.標準的な経済循環マトリックスでは「行」がそのノードの「支出項目」を,列がそのノードの「収入項目」を示していますが,環境経済マトリックスでは「通貨の移転」と「財貨の移動」の関係がよく呑み込めていなかったため,次元が逆の図を書いていました.下記の訂正版では,行列を反転して(縦横を入れ換え)標準的な経済循環マトリックスに出てくる集計項目をすべて復活させています.

植物界 動物界 人間界 支払高 仕入高 損益 最終財 支出額 大気・大洋 酸素
吸気
CO2
吸気
酸炭
損益
植物界 P生産1000
P
活動100
P
分解200


A
分解30
1330 1000 670 330 1000 O2吸気330
CO2
吸気
1000
330 1000 -670
動物界 P草食400 A生産100
A
捕食50
A
活動350
900 550 -350 350 O2吸気350 350 350
人間界
P
菜食100
P
燃料200

A
肉食20
H生産20
H
活動100
H
分解20
460 140 -320 320 O2吸気320 320 320
売上高 2000 550 140 2690
卸売高 1500 170 20 1690
仕入尻 500 -380 -120 0
消費財 500 380 120 1000
純消費 170 30 -200 0
財収支 670 -350 -320 0
生産額 1000 0 0 1000
大気・大洋 O2排気1000
CO2
排気500
CO2排気
380
CO2排気
120
酸素排気 1000 1000
CO2排気 500 380 120 1000
酸炭収支 500 -380 -120 0

この計算表で見ると,以下のことが分かります.

  1. 酸素吸気=最終財
  2. CO2排気=消費財
  3. 酸炭損益=最終財-支出額=-損益
  4. 酸炭収支=生産額-消費財=仕入尻
  5. 環境(大気・大洋)は経済単位(参加メンバー)ではなくシステム
  6. 環境経済循環は「実体経済」であり,裏経済(金融経済)は不要
  7. 酸素を通貨単位として酸素1分子と二酸化炭素1分子,炭素原子1個は等量
  8. 有機体価格(生産/消費量)はその有機体が含む炭素原子数

これに従って,計算表を簡略化すると下図のようになります.

植物界 動物界 人間界 支払高 仕入高 損益 最終財:
酸素吸気
支出額
植物界 P生産1000
P
活動100
P
分解200


A
分解30
1330 1000 670 330 1000
動物界 P草食400 A生産100
A
捕食50
A
活動350
900 550 -350 350 0
人間界
P
菜食100
P
燃料200

A
肉食20
H生産20
H
活動100
H
分解20
460 140 -320 320 0
売上高 2000 550 140 2690
卸売高 1500 170 20 1690
仕入尻 500 -380 -120 0
消費財:
CO2
排気
500 380 120 1000
純消費 170 30 -200 0
財収支 670 -350 -320 0
生産額 1000 0 0 1000

この計算表を一目してわかることは,「環境経済循環の生産者は植物のみ」であるという紛れもない事実です※.これは単に人間を含む動物が,生存のために呼吸するすべての酸素を植物界に負っているというだけでなく,その実体を構成している物質(カルシウム・カリウムなどの無機物を含む身体構成物質のほぼ全量)もすべて植物由来,その活動に必要なすべてのエネルギーもまた植物に依存していることを意味します.つまり,すべての動物はまるごと植物におんぶに抱っこしているのです.生産活動を「労働」と言い換えれば,自然界で働いているのは「植物」だけで,残りは全員手ぶらで遊んでいるようなものです(狩猟がゲームであったことはオリンピックの槍投げを見れば分かります).100年の寿命を保つ樫の木は,その100年の間に1本の苗木を育てることができれば,最小限その種を維持することはできますが,足元をうろちょろする小動物のために惜しげもなく何千個という樫の実を毎年散布しています.なぜ,植物たちはこんなにも気前がいいのでしょう?それを思うとわたしは不覚にも涙腺が緩むのを禁じ得ません…すべての生物はDNAでつながっていると考えられるので,植物たちは,わたし達動物類を,親代わりに養っているのでしょうか?あ,そう言えば縄文土器(というより,土偶)に関して一つおもしろい記事があったのでリンクを貼っておきます.日本考古学史上最大の謎「土偶の正体」がついに解明

※この計算表を見て,これがマルクスの剰余価値理論の原理図だとわかった人は,資本論をかなり深く読み込んでますね.実際,経済循環マトリックスで,「資本家」の利潤がゼロになるようなマトリックスを描いてみれば,全生産価値=∑付加価値がすべて「労働者」に帰属するものであることを容易に示すことができます.ただし,よく見ると,上の計算表は剰余価値理論の逆論理になっているのかもしれません.剰余価値説では労働階級を再生産するのに最小限必要な生産価値を「控除」して,それを超える部分を余剰価値と呼んでいますが,樫の木の場合は,小動物が欲するだけの樫の実を存分に与えた上での(次世代再生産のための)余剰生産,つまり引き算ではなく,足し算になっています.これがガイアの豊かさと呼ばれるものでしょうか?(あえて蛇足を加えるなら,「情報経済循環」の世界はこの世界(ガイア経済)にかなり類似しているような気もします.)

実体経済循環マトリックスの取引種別には仕入消費2種しかありません.上記計算表のグレーの枠内に,青字で記入されている数字が「仕入」,赤字が「消費」です.「仕入」は「中間財」と呼ばれることもありますが,最終消費財の価格の中に含まれる中間製品の価格です.自然界の捕食関係は,この中間財の仕入れに相当します.実体経済マトリックスで一番重要なポイントは,循環経済の総体ではつねに4面等価原理が成立するという点です.これは総生産=総所得=総支出という三面等価原理に加えて,総生産=総消費の等式が成立することを意味します.グレー枠内の赤字をすべて合計すればそれが即,「総消費額」です.仕入れというのは多段に行われることがあり,何と何を組み合わせてどんな製品が構成されているのかは計算表を見ただけでは分かりませんが,少なくとも赤数字を合計することで総消費額だけは確定します(同時に総生産額・総所得額・総支出額も確定).このあとは,任意のセルに任意の仕入れ(青数字)を記入して,つねに整合した(四面等価原理が成立する)テーブルを構成できます(必ずしも赤と青の数字の連関を考える必要はありません).上の表を少しアレンジしてみましょう.

  1. (人間界,人間界)のH分解20を(植物界,人間界)に移動
  2. (動物界,動物界)のA捕食50A捕食90に増量
  3. (人間界,動物界)のA肉食20A肉食50に増量

1項は人間20を火葬しないで放置(野ざらし・風葬・水葬・土葬)した結果,微生物等によって分解されて無機化したという意味です.第2項の捕食+40は肉食動物の狩りの収穫が増えたのか食物連鎖が多段になった結果でしょう.第3項の人間による肉食+30は単純に食習慣が変化して肉食の機会が増えたためと推測されます.この変更では赤字合計,つまり総消費額は変化しないので,総支出額,総生産額,総消費額は不変です.

植物界 動物界 人間界 支払高 仕入高 損益 最終財:
酸素吸気
支出額
植物界 P生産1000
P
活動100
P
分解200
A分解30 H分解20 1350 1000 650 350 1000
動物界 P草食400 A生産100
A
捕食90
A
活動350
940 590 -320 350 30
人間界 P菜食100
P
燃料200

A
肉食50
H生産20
H
活動100
470 170 -330 300 -30
売上高 2000 620 140 2760
卸売高 1500 240 20 1760
仕入尻 500 -350 -150 0
消費財:
CO2
排気
500 380 120 1000
純消費 150 30 -180 0
財収支 650 -320 -330 0
生産額 1000 30 -30 1000

(植物界,動物界)のA分解30の値は変更されませんでした.この値は「捕食されなかった動物」の量を示すもので,「植物界の微生物によって全量が水と二酸化炭素に分解」されるのですが,だとすれば,人間の肉食が30増加しているのだから,「捕食されなかった動物」は30だけ減少しなくてはならないように思われますが,そうなっていません.その理由は,これらの数字が「個体数」ではなく「物量」をカウントしているためです.A肉食50A肉食100に変えたとしてもこのテーブルは成立しますが,このとき,「豚」はどのプロセスで50太ったのでしょう?50太ったとすればその50をどこかで供給しなくてはなりませんが,それはどこから来たのでしょう?経済循環マトリックスで言えることは,「計算はつねに正しい」ということだけです.

>今はこのレベルで大きく考える必要がある時代かなと思います。

イエスの天国=キリスト的経済循環マトリックスをイエスは「明示」したことがありません.しばしばそれを「天国とは~のようなものである」ということばで説明していますが,それらは暗示的なメタファーに留まるもので決して具象的なプランとして提示されることはありませんでした.そろそろ,その最終解を提示する,ないしそれを提示することが可能な時期に来ているのかもしれません.経済循環マトリックスを読み解くことができれば,世界経済を深く読み解くことができるとわたしは信じます.まだまだ続くのですが,お後がよろしいようで…ここで,一旦スレッドを閉じたいと思います.

このスレッドは2021/05/09に下田さんのYouTube動画「みんなのお金その4万年筆マネー」に付けたコメントから始まりました.3ヶ月近くの長期にわたり忍耐強くお付き合いくださった皆さまに心より感謝申し上げます.m(__)m

2021729日 ゼルコバの木テント村宿営地より

馬場研究所代表,系図ソフトゼルコバの木開発者
馬場英治

366-0026埼玉県深谷市稲荷町1-3-72コーポEMI2H
E-mail:babalabos@gmail.com
さあ,もう一度ゼロから始めようゼルコバの木テント村 
冷たい森(馬場研究所HP 
静かなる革命2009(政治ブログ) 
税制を変えれば政治も変わる一般取引税を導入して夢のジパングへ
《共同的資本主義論》新たなる国生みへの手がかりへ 

(完)

PS:スマホ(ファーウェイ製)が不調ですぐに(2,3時間くらいで)バッテリーが上がってしまいます.WiFiルーターを解約してスマホのテザリングでネットに接続しているので,そのうちまたネットにアクセスできないようになるかも…

2021/07/31 1:01

生島さん

応答ありがとうございます.

>人口増加を100億人で止め、30億人ぐらいにする説です。世界人口の増大が鈍化、2050年に97億人に達した後、2100年頃に110億人で頭打ちか:https://www.unic.or.jp/news_press/info/33789/
1
年に約1億人弱増加していますから現在79億弱です。

人口削減計画ですか?(笑)未来予測の中でも人口動態予測というのはかなり精度が高いのでこれらの数字を軽視することはできません.「人口に比例して耕作地面積を拡大する」というのが環境経済マトリックス計算から得られる(暫定的な)結論ですが,現在人口を79億人としてピークが110億人とすると,耕地面積を40%拡大する必要があります.この数字は必ずしも実行不可能な目標ではないのではないでしょうか?

>現在の課題は第4次産業革命で、AI、ロボットによる自動生産です。

「環境経済循環の生産者は植物のみ」というのは,厳然たる「事実」ですが,見方を変えると,たとえば生い茂った葉叢を持つ樹木は一種の「資本財」であるようにも見えます.光合成のプロセスはほぼ「全自動機械」の動作とも考えられるので,樹木は言わば「光合成工場」ですから,それを「所有」している植物はむしろ「資本家」に当たると言えるかもしれません.植物界が一種の自動アップデート機能(自己再生産機構)を備えたある種の「社会資本」であるとすれば,それに「AI,ロボット」が加わってくるというのは自然な構図であるようにも見えます.

AI系で言われるのは食料とエネルギーの地産地消です。

確かに,わたしもそれが理想形であるとは思いますが,穀物生産などはかなり集約的でかつ大農化が可能なので産出国と消費国に分かれてもよいのではないかと思っています(日本は産出国になれます).エネルギーの場合,トリウム溶融塩炉は可搬可能な程度まで小型化が可能なので,消費地の近くに分散配置できます(潜水艦・航空機にも積載可能).中国では2030年商用炉の建設を目標に開発を進めていますが,早くも9月には実験用原子炉が稼働します.(わたしが読んだ記事では確か2MWで高さ3m,半径2mくらいの大きなドラム缶というイメージですが,記事が見つかりません)日本では東芝が手掛けていますがかなりピンチな状況と認識しています.「地上の太陽」と言われる核融合炉の難易度は高く,国際的なコンソーシアムを組んで取り組んでいるところですが,核融合炉の燃料資源であるトリチウムを惜しげもなく海中投棄しようとしているくらいですから,当面あまり期待はできないでしょう.

>スタトレではこれをレプリケータ、フードディスペンサーなどと言っています。

ほとんど宇宙食の世界ですね!わたしはやっぱり,有機農法で育てた野菜が食べたい…いや,将来,流動化した食材をガスや水道のようにパイプラインで各戸に供給,3Dプリンタで印刷して食べるという時代が来ないとは言いません…

>問題無い派は輻射熱を主張します。エネルギー消費が進めば地球からの輻射が増えるだけ説です。

地球温暖化は単純な「ファクト」ですが,「二酸化炭素の温室効果ガス説」には多少の疑問を持っています.「正しい命題に誤った証明を与える」というケースはよくありますが,元の「命題」が正しいので,その「証明」の誤りを見つけるのは中々困難です.直感的には,「温室効果」なら寒暖の差は縮まるはずなのにむしろ逆のように見えます.わたしの見立てでは,化石燃料の消費に伴う問題は二酸化炭素の過多よりも,むしろ酸素量の(相対的)低下ではないかという気がしています.これによってオゾン層の破壊が進み,太陽の直射に晒されるようになっているのではないか?従って,二酸化炭素の過剰は地球からの輻射(の低下)にはあまり影響していないのではないか?むしろ問題は「エネルギー消費」の「絶対量の増加」であり,これは再生エネルギーを使うようになってもそれほど変化しないため,「地球温暖化」を食い止めることはできないかもしれない.逆に言えば,「エネルギー消費の絶対量の増加」がすでに地球からの輻射のキャパを超えているのではないか?

「環境経済循環の生産者は植物のみ」と言いましたが,植物の中には他の植物に「寄生」するものもありましたね.細菌や真菌類はその一例ですが,その中には,有機物分解など有益な活動を行っているバクテリアも含まれます.下の写真は「ストライガ」別名「魔女の雑草」と呼ばれる植物です.この花はアフリカではトウモロコシ畑を全滅させる悪魔の植物として恐れられています.生物学者と化学者の“ラーメン屋会議”が食糧危機を解決!?

ストライガ(魔女の雑草)

わたしが「貨幣論」に首を突っ込むことになったのは,theory-edgeという離散数学系のメーリングリストを主宰していた,ウラジミール・Z・ヌリという人物が書いた「経済的寄生としての部分準備銀行(VladimirZ.Nuri,FractionalReserveBankingasEconomicParasitism)」という小論文※(いや,結構長い62ページもある)を読んだことがきっかけですが,この中でヌリは部分準備銀行システムの信用創造について説明し,銀行は経済社会(実体経済)の寄生者であると喝破しています.現在は高校の教科書にも「銀行の信用創造」についての説明が載っているという話ですが,この時代(2000年頃)にはまだそんなことに気づいている人はほとんどいませんでした.(米国の若手経済学研究者の間ではその頃すでに議論が始まっていた模様です)今回のセッションの目的の一つは,「実体経済」と「金融経済」を(計数的に)厳格にデカップリングするというところにありましたが,その相互作用にまで深入りすることはできませんでした.「寄生者」と呼んでしまえばそれまでですが,現代資本主義の基盤をなす「金融経済」の功罪とそのメカニズムを解明することが喫緊の課題であると考えています.

WikiTalk:Criticismoffractional-reservebanking/Archive
Editorshavebeenbanned,peoplehavebeencalledallsortsofuglynames.There’sbeensomenasty[g]nashingofteetharoundhere というサーベイの22項目で言及されています.この種の論文がある種の禁書であった時代です..いや,今でもそうかも知れません…

もう一つ見落としてならないのは,「環境汚染」の問題です.わたしに取っては,温暖化よりもこちらの方がずっと気になります(原子力発電を含めて,核問題はわたし的には環境汚染問題です.そうでないとすれば,今日にでも地下シェルタを掘らなくてはなりません.東京の大深度地下はそのためという説もありますが…).東京オリンピックで東京湾の汚染が改めて浮き彫りになりましたが,197080年代のコペンハーゲン港(デンマーク)も同じように下水や工業排水が流れ込み悪臭を放つヘドロで埋まっていました.それが,2003年にはハーバーバスと呼ばれる海水浴のできる市民の憩いの場に生まれ変わっています.経済を持続可能な完全なエコシステムに変えるためには,廃棄物処理と資源リサイクルの問題を素通りすることはできません.いまは少し,カーボンゼロの方に引きずられ過ぎているような気がします.

北欧の人は日本が羨ましい? デンマークのすごい「自然のプール」が教えてくれたこと

2021/08/01 20:57

生島さん

切りがありませんので,気になる点だけコメントします.

>現在、途上国でも既に炭水化物は自給できる可能性が高いです。

縄文からポリネシアまでイモを常食して(豊かに)生きてきました.(飢餓を持ち込んだのは文明国です)

>従って2030年の飢餓撲滅は単に食糧の世界的サプライチェーンの構築で実現できるはずです。

問題は,農薬の大量散布+農薬耐性を持つ遺伝子組み換え植物の組み合わせですね.

>その頃の人口は30億人、ここに持っていきたいわけです。個人的には。

人口削減目標30億人って生島さんのご計画だったんですか!?(^^;

>体の健康について6大栄養素(水、ビタミン、ミネラル、タンパク質、脂質、炭水化物)のサプライチェーンが必要であるということです。

いまや,サプリメント業界は一大産業にまで成長しました.

>日本の農業人口はどう推移している? 農業現場へ与える影響とは

農業の自動化(ロボット化)という動きはすでに(わたしの町でも)始まってます.あとは移民でしょうか?すでに北海道などには海外からかなりの出稼ぎ労務者(研修生?)が入っているようですが…

>そして次が、人工「葉緑素」ですね。

人工「葉緑素」とか人工「肉」とかありますが,問題は「おいしい」かどうか?ですね.美味しければ食べますよ.ただ,わたしの直感では,「おいしさ」とその動植物が生育していた環境は相関があるように感じているので…つまり,ハッピーに暮らしていた生き物は食べてもおいしいような気がしています…

>「トリウム溶融塩炉」などは論外ですね。

わたし的には,むしろ「森林」を潰して「太陽光発電」なんて論外という感覚です.

>これは常に私が書いていることです。
1.
宇宙、物質を知りたいと思って、核リスクを作った
2.
生命を知りたいと思って、バイオハザードリスクを作った
3.
心を知りたいと思って、AIリスクを作った
ということです。

何をやるにしても「リスク」は付きまといます.プロメテウスは「火」を盗んだ罪で神から罰せされました.消防団を組織し,耐火・防炎材の使用を義務付けるなどの対策を積み重ねることで,火災による被害はかなり軽減されています.

>記事の記者さんにこうコメントしました。

この行の「主語」は生島さんという理解でよろしいですか?

>最後は、やはり、人間の欲望に歯止めがかからなく点ですね。
実質、無限のエネルギーを得られますから、、

人間は無限なるものを追い続けて来ました.事物の世界は有限ですが,貨幣や情報は「可能的無限」を内包しています.これに「エネルギー」が加わったらどんなことになるのやら?いや,もちろん,それは必ずしも悲観材料ではありません…

>個人的には、月、他の惑星で、無人の状態で核融合、核分裂は使うべきと思っています。地球のリスクは無くなります。

同意します.喧嘩は外でやってくれ!ロボット大戦はシアター・マースでお願いします.

>そして大部分はコンピュータの計算パワーに使われると思っています。
問題は情報処理に関する電力消費です。

生島さんから紹介された記事を拾い読みしてるだけで一日が終わってしまいます.一国の総理である菅さんが一日に受け取って処理する情報の量と一般庶民の情報量(の質も…)は今やほとんど変わりません.我々はすでに情報洪水の中にいます.大半のエネルギーが情報処理に使われるようになるというのはあり得る話かも知れません…

>従って、天気予報は過去データで補正する「データ同化」を使い出しました。

人間ニューロコンピュータですか?!

>そうなると、今までの気象常識は成り立たなくなります。台風の巨大化、偏西風、深層海流などの世界的スケールでの循環が変わりつつあります。

地球がエントロピー最大の熱平衡状態になれば,「気候/気象」という事象は消滅しますが,それではあまりおもしろくありません.経済循環マトリックスで(すべてのノードで収入と支出が等しい)オイラー均衡状態に達すれば,「持続可能社会」が実現しますが,それは,所得格差が固定したままの一種の「身分制社会」になるかもしれません.熱力学的なムラ(不均衡)があって初めてダイナミズムも発生します.わたしはそれが「自然」なのではないかと考えています.逆に言えば,「停滞している社会」はほとんど経済循環的に均衡しています.持続可能社会と言ってもさまざまなモードがあり得ます.

平成27年度 オゾン層等の監視結果に関する 年次報告書

ざっと読んでみましたが,いろいろおもしろいことが書いてあります.

「成層圏においてGHG※は、対流圏とは異なって、赤外線を宇宙に向けて放射することで加熱された成層圏大気を冷却する働きを持っているGHGの中でもCO2は最も濃度が高く、成層圏におけるCO2の増加は成層圏気温の低下に最も大きな影響を及ぼす。」GHG:グリーンハウスガス(二酸化炭素,メタンなどの温室効果ガス)

「経度方向に平均化された二次元モデルを用いた数値実験からは、北半球中緯度では、N2Oの増加はオゾン層を破壊し回復を遅らせる方向に、またCH4の増加はオゾン層の回復を早める方向に、さらにCO2の増加はオゾン層の回復を早める方向に働くことが示された。」

「なお数値モデル予測によれば、南北両半球とも中緯度域でのオゾン全量は21世紀後半には1960年レベルを超える見通しである。このような予測結果となるのは、EESCの減少の影響に加え、GHG(特にCO2)の増加による成層圏気温の低下(オゾン分解反応の減速)とブリューワ・ドブソン循環の強化(オゾンを多く含む空気塊の輸送の増加)による…」

ユヴァル・ハラリは「人類はフィクションを作りだすことによって文明を築いた」と言っていますが,「モントリオール議定書」などその典型かも知れません.そもそも,フロンって不燃性ですからね.それを「フロンを廃棄物と混合燃焼させて破壊処理」って何なのでしょう(爆)国内法令では,少なくとも一年に一回はフロン破壊処理装置の排ガスを検査して基準をみたしていることを確認することになっていますが,わたしには,ただ「希釈」しているようにしか見えません.トリチウム処理水を「希釈して海洋投棄」するというのとまったく同じ発想で,ただのごまかし,目くらましのように思われます(少しずつ燃せばよい,と言っても,燃えないので単に混合しているだけ).冷媒としてはほとんど理想に近いフロンの使用を禁止して,今では爆発の危険のある可燃性ガスを無理やりその代替に使っています…UNEP※が出している「オゾン層破壊と気候変化との相互作用による環境影響:2014アセスメント」という文書(上記URLP.201)には,なんと書いてありましたか?

UNEP:国連環境計画

「オゾン層破壊物質の代替物およびその分解生成物が、環境へ悪影響を与えるという新たな事実は発見されていないしかしながら、いくつかのオゾン層破壊物質の代替物に関しては、濃度が現在のレベルより高まれば地球の気候変化に影響を与えると思われる。」

つまり,それを使うとどういうことになるのか分からない物質をとりあえず,「代替物」として押し付けているだけです(いや,「影響を与える」と明言しています).随分無責任な…と思いませんか?Wikiにはこのように記述されています.

「フロン類の構造は多様であり、種類によって物理的性質は異なる。一般に無色・無臭で、熱的・化学的に安定。大気中に放出されたCFC紫外線によって分解し、塩素ラジカルが発生する。塩素ラジカルはオゾンと反応し、酸素分子と一酸化塩素ラジカルになる。この時発生した一酸化塩素ラジカルは再度オゾンと反応し、塩素ラジカルへと戻る。このサイクルが繰り返されることによりオゾン層が破壊される。但し、理論上そうなるということであり、大気圏中における実際の作用は不明であり、オゾンホールとの因果関係は予測の域を越えていない。」

上の反応プロセスで生成されるのは酸素分子です.成層圏では酸素分子は紫外線により分解されてオゾンに変わります.結局,オゾン量と酸素分子量は(フロンによるオゾン破壊という介入があったとしても)ある状態で均衡します.わたしはすでに我々の「大気」は(二酸化炭素過多というより,むしろ)「酸素欠乏」状態に入っているのではないかと推測しています.

>を再記しますが、再生エネルギーの重要性は太陽エネルギーしか使わないので、人間の経済行為でのエネルギー発生は0になります。これが地球倫理として重要なわけです。。(笑)

「再生エネルギーの重要性は太陽エネルギーしか使わない」というのは確かですが,これは,「エネルギー消費の絶対量の増加」の問題を解決しません.「エネルギー消費」というのは「エネルギーが熱に変換される」ことを意味します.地球を開放系として見た場合には,確かにエネルギー収支はトータルでゼロと言えますが,熱が地球にこもってしまう,つまり,地球が熱力学的な閉鎖系になっている,という状況は再生エネルギーを使用しても変わりません.このため,エネルギー発生量(追加エネルギー量)はゼロでも,「熱収支」はゼロにはなりません(太陽光発電の電気でも,化石燃料を使った電気でも,エアコンを回したとき外部に排出される熱量には変わりありません).もし,これが無視できるのであれば,「エネルギー消費が進めば地球からの輻射が増えるだけ説」が正しいということになってしまいます.

経済循環マトリックスと四面等価原理

2021/06/30 5:00

生島さん

>お返事できなくすみません。今、AI系の仕事でアップアップなので経済系はお休みしています。

どうぞ,ごゆっくり.経済循環グラフのマトリックス(接続行列)からGDPを簡略に計算するための表を作ってみました.内閣府が公表している「基準国民経済計算の作成方法」とはまったく違うアプローチになりましたが,減価償却など「取引によらない資産・負債の量的移動」は計算するすべがありませんのでやむを得ません.経済循環グラフはノードと枝がそれぞれ一つの値を持っているだけなので,この表を作るためには,個々のトランザクションの内容についてのもう少し詳しい付加的情報が必要です.一つのセルにはセクターAに属するノードからセクターBに属するノードへの複数のトランザクションが合算して詰め込まれますが,マトリックス上のセルC(i, j)は,「i行のセクタ-iからj列のセクターjに通貨が移動する」のようにお読みください.

横軸で集計すると支出合計となり,縦軸で集計すると収入合計になりますから,表全体を縦横で累計すれば総支出と総収入が一致することは間違いありませんが,「国民経済計算」というのは実体経済にのみ関わる計算なのでそれを切り分ける(ヴェルナーの用語で“deaggregate”する)のが,かなり厄介なところです.下表は今のところその「試作段階」というところですが,赤字は国民総生産に関わる項目,青と茶は国民総所得に関わる部分というつもりで作りました.黒の細字の項目はGDP計算[国民経済計算]に関わりのない[金融経済にのみ関わる]数字として計算から除外します.ざっと描いてみただけの段階なので,あちこち間違っているところがあると思います.かなり興味深いものになってきたような気もしておりますので,ご批評頂ければ幸甚です.

公共 企業 金融 家計 支出合計
公共 貸付,返済
補助金,
利子補給

交付金
資産購入,
借入利息
補助金
インフラ,資本財
消費支出
資産購入,
借入利息
返済
公債償還
資産購入,
借入利息
人件費
給付金
資産購入,
借入利息
歳出
財政支出
公務員給与
企業 租税
資産購入,
地代家賃
仕入れ・外注費,運賃
資本財,消費支出
資産購入,
借入利息
貯蓄,返済
資産購入,
借入利息
人件費
資産購入,
借入利息

貸付,返済
企業支出
営業費用
事業所得
民間人給与
金融 租税,公債購入
貸付,返済
資産購入,
借入利息
貸付,預金引出
資本財,消費支出
資産購入,
借入利息
貸付,返済
資産購入,
借入利息
人件費
貸付,
預金引出

資産購入,
借入利息
金融支出
営業費用
銀行員給与
家計 租税
保険料,手数料
水道料金,
通行料

資産購入,
借入利息
住宅購入,
消費支出

資産購入,
借入利息

貸付,返済
貯蓄,返済
資産購入,
借入利息
人件費
資産購入,
借入利息
家計支出
生活費用
使用人給与
収入合計 歳入
公租公課
払い下げ
企業収入
純消費額
企業収益
金融収入
企業収益
家計収入
企業収益
個人所得
通貨循環量
国民総生産
事業所得

国民総生産国民総所得=国民総支出
国民総所得個人所得事業所得
国民総支出純消費額財政支出営業費用生活費用

  • 輸出入に関わる外部取引はすべて無視するものとする
  • 耐久消費財・資本財は買い切りとし,減価償却は行わない
  • 在庫計算・廃棄物計算は行わない
  • 自社開発ソフト・社内の研究開発などによる産出成果は無視される
  • 取引によらない資産・負債の生成・移動・消滅はすべて無視される

公共:政府・地方政府・公的企業

企業:法人・団体(医療,政治,宗教,その他任意の民間非営利団体を含む)・自営業者・フリーランサーの営業活動

人件費:賃金・役員報酬・自営業所得・パートタイマー・専門職その他,役務に関わるすべての個人報酬

消費支出:消費財(食料・エネルギー・通信・教育・衣料・娯楽・医療),耐久消費財,サービスの購入

耐久消費財:電気製品・家具・自動車・自転車

インフラ:道路・鉄道・上下水道・発電所・電力網・通信網・港湾・空港・灌漑・治水

資本財:工場・機械(ロボットを含む)・設備・船舶・航空機・建物などの新規築造 / 取得

資産購入:転売:土地・資本財・有価証券(金融資産)→財産所得:地代・家賃・金利・配当

借入利息:資産の賃借料など(地代・家賃・金利・配当)

この表が完全に仕上がったら,もう少し詳しい説明を付けたいと思います.それができれば,ダグラスの等式も改めて再検証できるのではないかと思っているのですが…

2021/07/01 4:22

生島さん,下田さん

少し整理してみました.多少分り易くなったのではないかと思います.

国民経済マトリックス

国民総生産国民総所得=国民総支出
国民総所得個人所得事業所得
国民総支出純消費支出財政支出営業費用生活費用

  • 公共:政府・地方政府(地方自治体)・公的企業(独立行政法人など)
  • 企業:法人・各種団体(医療,政治,宗教,その他任意の民間非営利団体を含む)・個人事業主など何らかの生産・サービス活動を行うすべての経済主体 個人事業主は企業部門と家計部門の両面に出現する
  • 人件費:賃金・役員報酬・自営業所得・パートタイマー・専門職その他,役務に関わるすべての個人報酬
  • 消費支出:消費財(食料・エネルギー・通信・教育・衣料・娯楽・医療,その他),耐久消費財,サービスの購入
  • 耐久消費財:電気製品・家具・自動車・自転車など比較的耐用年数の長い商品
  • 資本財(固定資本財):工場・機械(ロボットを含む)・設備・車両・船舶・航空機・建物など耐久性があり,生産活動に用いて将来の収益を生み出す資本となるもの 
  • 基盤投資:道路・鉄道・上下水道・発電所・電力網・通信網・港湾・空港・灌漑・治水などの大規模公共建造物(インフラストラクチャ)の築造・整備
  • 資本投資:将来の生産活動のために必要とされる資本財(生産設備)の購入
  • 融資返済:融資(ローン)は現金の貸付であり,返済にはローン元本の返済と金融債権(額面のみ)の償還が含まれる(金利・配当は別途,資産配当として計上する)
  • 資産投資(資産・債権の購入):投資を目的とする不動産・金融資産(株式,有価証券)の購入,資産配当(財産所得)の源泉となる 不動産は第三者に貸し付けることによって初めて配当を生じるが,金融資産はそれ自体が有利子債権である 資産の再貸付(又貸し)ないしその資産を担保とする融資なども行われる 投資の目的が配当を得ることよりも資産の価格変動による売買差益を狙う場合には投機と呼ばれる 金融債権の償還は返済に含まれる
  • 資産配当:融資債権,金融資産などの資産保有者の得る財産所得(地代・家賃・金利・配当)金融資産はすべての部門の任意の当事者間で取引可能であり,蓄蔵性を併せ持つので,流通速度の遅い通貨の一種とみなされる  

国民経済計算との相違点

  1. 対象領域は閉じた経済循環系であるとする.従って圏外の外部取引(輸出入など)はすべて無視される.
  2. 経済循環グラフのノードは独立の経済主体であり,ノードをつなぐ枝は1個の取引を表示する.グラフの枝リストとしてブロックチェーンを持ち,枝(トランザクション)に相当するブロックにはリアルな取引情報が記載される.
  3. 内閣府の国民経済計算では1年を四半期に分けて,2期遅れくらいで各省庁が収集・整理した各種の産別統計を突き合わせながら推計値の計算を行っているが,本試算表では国民経済の時点表示である経済循環グラフの接続行列表現(マトリックス)を用いるので任意の時点でリアルタイムに計算を完了することができる.
  4. 計算はブロックチェーン上のトランザクション情報のみを参照する.従って,「取引」によらない資産・負債の生成・移動・消滅はすべて無視される.つまり,①耐久消費財・資本財はすべて買い切りとし,取引に対応しない減価償却計算などは行わない.②流動資本財(原材料,仕掛品,製品在庫)は計数しない.原材料は購入時点で全量消費されたものとみなす.③取引実績のない資産は計量できないので研究開発費などの資産評価は行わない.
  5. 国民経済計算では国民経済を①非金融法人企業,②金融機関,③一般政府,④家計,⑤対家計民間非営利団体の5部門に分割している.本試算表では⑤を①と合併して「企業」とし,①公共,②企業,③金融,④民間の四部門に分割した.民間非営利団体(政府は公的非営利団体である)は一般企業と同様に財貨・サービスを生産・販売し,役員報酬や従業員給与の支払い,外注など外部主体との取引その他あらゆる点で,一般事業者との相違を見出すことは難しい.異なるところは(規模・目的・税制などは別として)事業収益を配当として分配するか否かの点だけと考えられるが,一般事業者でも無配どころか赤字経営というところはいくらでもあり,特に分離する意味はない.
  6. 以前に投稿した「日銀マネー循環図」では①政府,②日銀,③銀行,④国民という4部門に分割していたが,今回の試算表では「国民」を「企業」と「家計」に分割し,「銀行」を「金融」にリネームしている.「日銀マネー循環図」の「日銀」はこのマトリックスのどこにも出現しない.これは国民経済循環グラフ,つまり経済循環システムそれ自体が中央銀行システムであり,システムの全体であるために見えなくなっているものと理解される.
  7. なお,この経済循環システムでは,すべての経済主体は中央銀行に直接当座預金口座を持ち,現金(硬貨・紙幣)はすでに廃止されていることを仮定している.また,中央銀行は「近未来的貨幣中立論」の立場から経済循環系の中の参加メンバーとして振る舞うことを想定していない.

国民経済試算表の考え方

  1. 三面等価原理により,①国民総生産,②国民総所得,③国民総支出の三面が一致しなくてはならない.このうち,国民総生産は期間内に生産された財貨をカウントすればよいので,比較的簡単に計算できると考えた.国民経済を上記のような方針で部門分割しているので,すべての財貨は企業部門でのみ生産されるとしてよい.従って,企業部門で販売された最終消費財の総計が国民総生産に相当すると言える.→上の表の赤色枠で囲まれたブロック.
  2. 赤色枠の中の赤太数値の合計が純消費支出であり,それを部門ごとに集計したものが,財政支出営業費用生活費用であるから,国民総支出純消費支出財政支出営業費用生活費用となることは明らかである.
  3. 試算表の計算では企業部門で販売価格に転化されない自家消費分は消費支出として純消費支出に算入する.また,仕入れ,外注費,運賃は販売価格(消費支出)に転化される(含まれる)ものとして計算から除外する.
  4. 他の3部門(公共,金融,家計)における経済活動は主として「サービス」のカテゴリに入るものと考えられるが,そのうち家計部門の活動は主として「労働(知的生産活動を含む)」であり,これらの生産量は最終消費財の価格の中に含まれる.金融部門のサービスの貨幣価値は経済システム全体の規模と比較して相対的に十分小さいと考えられるのでゼロで近似しても大きな誤差は発生しない.
  5. 政府部門のサービスの規模は国民経済のかなりの割合を占めると考えられるが,分節するとそのほとんどすべては企業部門が生産する財貨に含まれている.政府部門の提供する公的サービスは(一部受益者負担はあるとしても)原則として「無料」であることが仮定されていると考えられるので国民総生産にはカウントしない.
  6. 国民経済は大きく分けて実体経済と金融経済に二分される.通貨の純粋な移動は基本的に金融経済的な活動とみなされる.融資,返済,資産投資,資産配当,貯蓄と預金引出し,公債の発行と償還などがそれに該当する.これらはすべて国民経済試算の対象外とする.
  7. 国民総所得の等式の右辺の「個人所得」は青色枠で囲まれた家計部門収入のうち,各部門で支出された「人件費」の総額と見てよいはずだ.
  8. 問題は「事業所得」をどうやって計算するか?という点にある.企業部門の支出合計を企業支出,収入合計を企業収入とすれば,事業所得=企業収入-企業支出となるはずだが,この計算は実物計算と金融経済の混合計算になってしまうため検証が難しい.そこで,企業部門の全支出のうち,金融経済に関わる部分だけが事業所得と推定されるという仮説を立てた.これは他部門に通貨を移転するためにはそれだけの所得がなければ実行不能と考えられるからである.→茶色枠で囲まれたブロック.所得を計算するのに支出から推定するというのはやや逆説的だが,おそらくこれしか方法がないのではないか?
  9. 青色枠の合計を個人所得茶色枠の合計を事業所得とすると国民総所得個人所得事業所得となる.問題はこの2つ,国民総所得国民総支出が一致するか否か?という点にある.もし,この計算が一致すれば,ダグラスのA+B理論は否定されることになる.ダグラスは事業所得の一部は必ず貯蓄に回るはずであり,もしそうであるとすれば純消費支出C個人所得A)+事業所得Bであり,等式を修正して純消費支出=国民総支出=個人所得+国民配当+事業所得としなくてはならないと主張している.
  10. この試算表の構成が正しいとすれば,国民総所得個人所得事業所得となるのはマトリックスの構成から見てもかなり特殊な場合に限られる.むしろ,逆にこの等式が成立する条件を見つける方が早いかもしれない.
  11. 公共部門支出にはこの他にも補助金交付金給付金などの項目がある.給付金はダグラスの国民配当に該当すると考えられるが,これらは基本的に「所得の再分配」なので,国民総生産には算入しない.(もちろん給付金の支給が国民総生産にまったく影響しないと主張するものではない.適切な所得再配分は経済成長に寄与するだろう.
  12. 家計の支出項目にベビーシッタなど家庭内の家事などのために雇った使用人に対する報酬を人件費として計上してみたが,この金額を国民総所得に算入することに関しては疑問がある.もし,これが正しいとすると専業主婦の家事労働に給与を支給することで国民総所得が増加することになってしまう.ベビーシッタの雇用を事業とみなして企業会計で処理することにしても実情は変わらない.しかし,使用人への報酬が所得計算から外されるというのもおかしい.どうすればよいか?→ベビーシッタの雇用は営利を目的とするものではないが,やはり,企業会計で扱うしかない.企業会計なら損金処理されるのでたとえば,その分貯蓄が減少するなどの形で帳尻が合う.

政府のGDP統計には「対家計民間非営利団体」というのが独立の部門として入っていますが,むしろ,「不労所得者・ギャンブラー」,「横たわり族」,「超富裕層・財団法人」などの部門を設けてその動態を分析した方が興味のある結果を得られるかもしれません.このマトリックスに「外国」という部門を設ければ一応輸出入などを扱うこともできますが,為替の問題などが発生するのでその前に複数の経済循環系が含まれる複合系(開かれた経済循環系)の経済循環グラフを描く必要があります.今回そこまで手を広げられるかどうかは,ちょっと分かりません…

「公共サービスは基本的に無料」という原則(多少の手数料は徴収される)があると思いますが,確かに「無料サービスの領域」というのはかなりの速度で拡大しているようにも感じられます.そこまでゆくとマクロ経済学は環境経済学と地続きになります.無料サービスは構成的に国民総生産に貢献しないというのも多少疑問はありますが,無料サービスに値付けをするとなると宗教の領域に入ってゆくことになるかもしれません… 政府部門に属する経済活動には「現業部門」というのがあり,これが国民総生産に入っていないのは手抜きです.健康保険料,手数料,水道料金,通行料などに対応する事業がそれに該当します.これらを取り除くと上のマトリックスは「現業部門の完全民営化」に等しい状態になりますが,むしろ方向としては,民営化ではなく無料化というのが正しいのではないでしょうか?(完全無料化には弊害もありますが,救急車が有料化されたら119番をコールするのにためらう人も出てくるでしょう)金融部門収入のセルにもピンクで着色された手数料がありますが,これも無料化するべきでしょう.

「環境」が万人を包摂する「無料サービス」であるとして,その「価値」をどのように計量・評価するか?という視点から見ると,「宗教は無料サービスの価値に関する経済学」であるとみなすことも可能である.言ってみれば,宗教は「公共経済学 / 政策」の一種である.ネオリベラリストが推進するあらゆる公共サービスの民営化というアィディアをどう評価すべきか?⇒参照:パートⅢ

かなりまとまって来たように思いますが,まだ間違っているところがあるかもしれません.お気づきの点,ご不明の点などありましたらお知らせください.このテーブルを実体経済マトリックスと呼ぶとすれば,その裏面の金融経済マトリックスというのも存在しなくてはなりません.それがどういうものになるのか?ちょっと見当も付きません.完全に「双対」なものになればおもしろいのですが…

馬場英治

2021/07/01 12:59

訂正:前便の記述にはほぼデタラメに近い致命的な誤りがあります.再考には相応の時間を要する見込みです.しばらくの冷却期間をお許しくださいますようお願い申し上げます.英治

2021/07/02 4:41

生島さん,下田さんE

どうもお騒がせしました.お手数ながら前便は速攻で破棄してください.あまりひどいので,どこが間違っていたのかの説明は致しません.さて,気を取り直してもう一度最初からやり直すことにしましょう.

目標はブロックチェーンを枝リストとして持つ経済循環グラフの接続行列を使ってある期間のGDPを求めるというものです.ブロックチェーンには該期間内のすべての取引情報がリストとして保持されているとします.ブロックチェーンのブロック一つがグラフの枝に相当し,ブロックには少なくとも以下の情報が記録されています,①取引種別,②債務者,③債権者,④債務額.取引種別では少なくとも,その取引の目的が「仕入れ」であるのか,「最終消費」であるのかが識別できる必要がありますが,それ以上の詳細情報は今のところ必要ではありません.売買取引の場合,物品がすでに引き渡されていると仮定すれば,債務者は物品の受取人,債権者は送出人,物品の価格が債務額になります.

使用する経済循環グラフはこれまでと同様ですが,以下のような拡張を行います.グラフのノードと枝の重みとして「純消費」と「仕入れ」という項目を追加します.移動量はこれらの欄のいずれかに直接書き込みます.たとえば,その取引が原材料や中間財,ないし最終財の「仕入れ」に当たるときには「仕入れ」に金額を格納し,「純消費」にゼロを記入します.取引が消費を直接の目的とする場合には,「純消費」に金額を記入し,「仕入れ」をゼロとします.それ以外の場合はどちらもゼロとします.※移動量と取引種別とした方がわかり易かったかも…

グラフのノード数をNとしたとき,グラフの接続行列(隣接行列)はNNのマトリックスとして表現されます.マトリックスの要素(セル)はグラフの枝E(i, j)に対応します.マトリックスのセルには(純消費,仕入れ)の対を格納しますが,枝が存在しないセルは(0, 0)のままとします.枝の向きはV(i)→V(j)なので,マトリックスの行がそのノードからの「支出」を表し,列はそのノードへの「収入」を表しています.マトリックスには集計用に行2つと列を3つ追加します.集計用の行は「売上合計」,「所得合計」,「最終消費」,集計用の列は「支出合計」,「仕入合計」呼ぶことにしましょう.

「売上合計」には,各ノードごとに「純消費+仕入れ」を縦に集計して格納します.「所得合計」には,付加価値=売上合計-仕入合計の値を計算して格納します.「最終消費」には「純消費」だけを加算します.「支出合計」には各ノードごとに「純消費+仕入れ」を横に集計して格納します.「仕入合計」には「仕入れ」だけを加算します.簡単なサンプルを作ってみましょう.

企業A, B, Cとその従業員a, b, cがいるとします.A, B, Cは従業員a, b, cのそれぞれに給与50円を支払って製品の製造・販売を行います.A100円の原材料をBに販売します.Bはそれを加工して200円でCに卸します.Cはこの200円の製品に100円上乗せして販売総額300円とし,A, B, a, b, cのそれぞれに60円で販売しました.Aは従業員a50円支払い,原価50円のところをB100円で売っているので,50円の収益があります.Bは原材料100円を加工するためにbに50円支払い,それに50円上乗せしてCに卸しました.Cは仕入れ価格200円の商品を300円で売っていますが,c50円支払っているので,取り分は50円です.つまり,Acのすべての当事者の所得は50円均一になります.

以下の表では(純消費,仕入れ)の形式ではなく,具体的な取引種別を示して(取引種別,価格)の形式で表示しています.「給与」,「原材料」,「製品」が「仕入れ」に該当し,「販売」が「純消費」に該当します.例えば,セル(B,A)の場合,「A100円分の原材料をBの仕入れ用に販売し,BAに代価100円を送金する」のように読んでください.※やっぱりね!そうなると思った.

A B C a b c 支出合計 仕入合計
A 販売60 給与50 110 50
B 原材料100 販売60 給与50 210 150
C 製品200 給与50 250 250
a 販売60 60
b 販売60 60
c 販売60 60
売上合計 100 200 300 50 50 50 750 全取引量
所得合計 50 50 50 50 50 50 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

付加価値(所得合計)=売上高(売上合計)- 仕入れ(仕入合計)

国民総支出=∑∑純消費(表の赤数字)=∑最終消費=300
国民総所得=∑∑付加価値=∑所得合計=300
国民総生産=国民総支出=国民総所得=300

A, B, Cは先日提示したマトリックスで言えば,企業部門,a, b, cは家計部門に属するので,上の表から部門別のマトリックスに転換してみましょう.難しい操作ではありません.単純に各セルを累計するだけです.まず,行を圧縮すると下図のようになります.

A B C a b c 支出合計 仕入合計
企業 原材料100 製品200 販売120 給与50 給与50 給与50 570 450
家計 販売180 180
売上合計 100 200 300 50 50 50 750 全取引量
所得合計 50 50 50 50 50 50 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

これをもう一度横方向に圧縮します.ここでは本来の(純消費,仕入れ)の形式で表示しています.

企業 家計 支出合計 仕入合計
企業 純消費120,仕入れ300 仕入れ150 570 450
家計 純消費180 180
売上合計 600 150 700 全取引量
所得合計 150 150 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

国民総所得=個人所得+事業所得=150150

となっているので,明らかにダグラスのA+B等式は成立しています.ただし,家計は収入が150に対し,支出が180なので30円の赤字になっています.逆に企業は60057030円の黒字です.どうも,ダグラスの言ってることは本当なのではないでしょうか?下記(3番目の「損益」を追加した表)のように,損益=売上-支出をすべてのノードについて合計すると(∑損益),トータルはゼロになります.つまり,赤字と黒字はつねにバランスしています.ダグラスがこの意味で言っているのだとすれば,ダグラスの完全な誤解ということになるかもしれません.

上の表は部門別になっていますが,これをさらに,企業と家計を合併するとセルは一つだけになり,総計が表示されます.

国民 支出合計 仕入合計
国民 純消費300,仕入れ450 750 450
売上合計 750 750 全取引量
所得合計 300 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

一つ気になる点があります.ループ(自己取引)が存在するときにどうなるか?という問題です.最初のマトリックスに戻って試してみることにしましょう.C→Cの枝を追加して,100円分を自家消費してみます.

A B C a b c 支出
合計
仕入
合計
A 販売60 給与50 110 50
B 原材料100 販売60 給与50 210 150
C 製品200 自家消費100 給与50 350 250
a 販売60 60
b 販売60 60
c 販売60 60
売上合計 100 200 400 50 50 50 850 全取引量
所得合計 50 50 150 50 50 50 400 国民総所得
最終消費 400 400 国民総支出

特におかしなことは起きていないように見えます.国民総支出も総所得も同額増えています.売上も所得も同額だけ増加します.実際のところ,これはまさに「内需拡大」という言葉が意味しているところです.個人(家計部門)の場合はどうでしょうか?

A B C a b c 支出合計 仕入合計 損益
A 販売60 給与50 110 50 -10
B 原材料100 販売60 給与50 210 150 -10
C 製品200 販売100 給与50 350 250 +50
a 販売60 60 -10
b 販売60 60 -10
c 販売60 自家消費30 90 -10
売上合計 100 200 400 50 50 80 850 全取引量
所得合計 50 50 150 50 50 80 430 国民総所得
最終消費 400 30 430 国民総支出

これも問題ありません.国民総所得も増えています.つまり,GDPは拡大しています.損益を計算してみました→上表の最右列.Cを除いてすべてのノードが赤字になっています.ただし,これは当たり前のことですね.売上合計=支出合計なのだから,トータルでは必ずゼロになります.つまり,誰かの赤字は誰かの黒字ということでしょう.しかし,誰かが必ず赤字になるとしたら,その経済では年がら年中デフォルトが発生しそうな気がするのですが,そうならないのはなぜでしょう?わたしは前々から,貿易赤字国はなぜ存続できるのか?という疑問を抱いてきました…(まだ解けていません)所得=売上総利益=粗利=売上高-売上原価はどのノードも黒字になっています.

自家消費ではなく,給与を支払ったらどうなるでしょう?

A B C a b c 支出合計 仕入
合計
損益
A 販売60 給与50 110 50 -10
B 原材料100 販売60 給与50 210 150 -10
C 製品200 販売100 給与50 350 250 +50
a 販売60 60 -10
b 販売60 60 -10
c 販売60 家内報酬30 90 30 -10
売上合計 100 200 400 50 50 80 850 全取引量
所得合計 50 50 150 50 50 50 400 国民総所得
最終消費 400 400 国民総支出

c→cの自己ループとして,家内報酬30というのを追加してみました.売上が+30,仕入も+30で所得には変化がありません.この設定は「専業主婦に家庭内報酬を出す」という課題と等価ですが,売上は増えても所得は変化しないので,生活には何の変化もないということになります.逆に言えば「名目的には」いくらでも「報酬」が出せるということを意味します.ただし,(家計全体で)買えるものの量は変わりません.上の自家消費と比較して異なるところは,「家内報酬」では何も買えない,「自家消費」の場合は自家生産したものが消費できる,つまりGDPが拡大するという点です.

必要なら,部門をもっと細分化して集計することも容易に可能です.たとえば,鉱工業,水産業,製造業など産業別統計を計算するとか…あるいは,地域別統計を取るなどいくらでも応用が効きます.この経済循環マトリックス計算の利点は,対象ノードの属性に関わりなく例外なしに,まったく同じルールが適用できるところです.政府,金融機関から,利益を出さない非営利団体を含めて末端の一個人まで,経済主体の大小に関わりなく一律,統一的な操作で計算することができます.ただし,内閣府の国民経済計算でやっているような,「非市場生産者(無料ないし経済的に意味のない価格で財貨・サービスを供給する生産者であり、一般政府と対家計民間非営利団体を指す)によるサービスの産出と需要先別配分については、決算書等の基礎統計により別途推計する」ようなことはできません.

いや,やろうと思えばできないこともないとは思いますが,それをやると数値的な不整合があちこちで発生するおそれがあるのであまり推奨できません.この方式のメリットはどれほど大規模な循環経済系であっても1円の誤差もない精密計算がどこまでも可能であるというところにあるので,あえてそのメリットを捨てる必要はないと思います(実際,これは「中央銀行決済システム」の設計書ですから,現実の取引と「完全」に一致している必要があります).このアルゴリズムの計算量はたかだか多項式時間ですから(アルゴリズムをきっちり書いてみないと分かりませんが,O(N^3)を超えることはないでしょう),エストニアくらいの国家の規模なら,リアルタイム(毎分?)でGDP統計を更新できるのではないでしょうか?少なくとも毎時くらいなら楽勝ですね!

2021/07/06 5:10

生島さん,下田さん

どこでどう間違えたのか?シズカちゃんの素朴な疑問に応えるというところから始まったスレッドですが,いつの間にか,中央銀行が分散型CBDCを発行し,すべての国民が中央銀行に当座預金口座を持つというモデル上で,経済循環グラフのマトリックスを用いて国民総生産をリアルタイムで計算するというシステムの概念設計を行うという流れになってしまいました.ここまでの議論の最大の収穫は「真に持続可能な経済社会とはグラフ理論的にはオイラー有向閉路を持つような経済循環グラフであり,絶対に停止(デフォルト)しない決済システムがあればそれを実現できる」という確証を得られたことです.

この構想は比較的小規模の国家であれば,今日にでも実現可能ですが,人口一億人を超えるような「大国」で採用するためには量子コンピュータの登場を待たなくてはならないかも知れません.(計算量が参加ノード数Nの累乗に比例して増大してしまう…)

経済循環グラフはある閉じた経済圏のすべての経済単位(独立の経済主体,ないしその集合)をノード集合とし,時点における取引を枝集合とする有向グラフで,それ自体がその経済圏で通用する貨幣(ないし疑似通貨)を用いた取引の「決済システム」を表現しています.決済システムでは「時点」におけるすべての取引の決済が完了すると,待ち行列に入っていたすべての取引からなる新しいグラフを生成して,次のセッション(時点決済)に移ります.(もちろん,トランザクションを一つづつ逐次処理してゆくという方法[即時決済]でも差し支えありません)グラフのノード(経済単位)は主体的に経済活動を行う取引主体(個人・法人・銀行・政府など)ですが,独立経済主体の集合(産業部門,地域,国家など)をノードとすることもできます.

経済循環グラフの接続行列は経済循環マトリックスと呼ばれ,国民総生産統計を求めるなどの統計処理に用いることができます.通常経済循環マトリックスにはある一定期間におけるすべての時点マトリックスデータを蓄積・圧縮(時間軸で合併)したものが使われます.経済循環マトリックスの圧縮とは同一ノード集合を持つ複数の(同型の)経済循環マトリックス上で同一座標にあるすべてのセルの取引データを加算して1個のマトリックスにまとめる操作です.圧縮された経済循環マトリックスを略して計算表ないし試算表,その上で実施される(国民総生産などの)統計処理を経済循環マトリックス計算と呼んでいます.

ある経済循環マトリックスの縮約とは経済循環グラフ上の複数のノードを空間軸で合併して1つのノードにまとめる操作です.ノードAとノードBを合併してノードCとする場合には,まず,A列のセルの値とB列のセルの値を取引種別ごとに合算してC列を生成してから,A列とB列をマトリックスから除去します.次にA行のセルの値とB行のセルの値を取引種別(仕入れ|純消費)ごとに合算してC行を生成してから,A行とB行をマトリックスから除去します.合算は取引種別ごとに行われるので,一つのセルの中に複数の値が残る場合があります.合併によって外部取引が内部取引になる場合もありますが,それによる取引種別の変化は起こりません.つねに横方向の合併と縦方向の合併を同時に実行し,正方行列を構成するようにします.

マトリックスの圧縮ないし縮約の操作を対応する循環グラフ上で行うこともできます.この場合はまず,対応するノードを合併し,次に,この操作によって発生した(向きの同じ)多重枝を合併して1本にまとめます.圧縮ないし縮約では自己ループが発生する場合がありますが,基本的に経済循環グラフは自己ループと多重枝の存在を許すグラフであり,圧縮ないし縮約をしなくても最初から自己ループや多重枝が存在する場合があります.自己ループは同一経済単位内の内部取引(自己取引)を意味し,2つの経済単位の間で同時に複数の(同方向の)取引が並行して発生している場合には多重枝が発生します.自己ループはマトリックスの対角線上にあるセルを意味します.多重枝の場合,マトリックスのセルには複数の値が格納されます.

前回はこの方法を使って,企業A, B, Cと個人a, b, c6つの経済単位から構成される経済循環マトリックスを,企業セクタと家計セクタの2経済単位からなるマトリックスに縮約できることを見てきました.これを応用して,経済循環マトリックス計算が一国経済だけでなく,多国間の貿易を伴う大域経済圏においても適用可能であることを見ておきたいと思います.最初に前便の冒頭で提示した企業A, B, Cとその従業員a, b, cからなるサンプルを開始地点として再掲します.企業A, B, Cはそれぞれの従業員a, b, cに給与50円を支払い,BAから供給された原材料100円を加工して,製品をC200円で売却し,Cはそれを分割してA, B, a, b, cのそれぞれに60円(総額300円)で売却します.各当事者の売上は50300円とまちまちですが,所得はすべて50円均一です.

A B C a b c 支出
合計
仕入合計
A 販売60 給与50 110 50
B 原材料100 販売60 給与50 210 150
C 製品200 給与50 250 250
a 販売60 60
b 販売60 60
c 販売60 60
売上合計 100 200 300 50 50 50 750 全取引量
所得合計 50 50 50 50 50 50 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

まず,このサンプルの(A, a),(B, b),(C, c)という(企業,従業員)のペアをそれぞれ,A村,B町,C市に見立てた地域経済モデルを作ってみましょう.A村,B町,C市で構成される経済圏をD県として,県単位の経済循環マトリックスを構成します.A村で生産された野菜は,B町で加工され,C市の販売業者によって,D県全体をマーケットとして広域販売され,最終消費されるというイメージです.

A B C 支出合計 仕入合計 損益
A 給与50 販売120 170 50 -20
B 原材料100  給与50 販売120  270 150 -20
C 製品200  販売60
給与50
310 250 +40
売上合計 150 250 350 750 総経費450
所得合計 100 100 100 300 県民総所得
最終消費 300 300 県民総支出

結構簡単にできました.マトリックスには損益という列を追加しています.損益=売上合計-支出合計で,∑損益はつねにゼロになります.損益はいまのところ設定しただけで使っていません.それぞれの市町村は独立の経済単位として相互に取引していますから,これを外国取引まで拡張するのは難しくありません.A村をA国,B町をB国,C市をC国と読み替えてみましょう.A国は英国で,B国が米国ならC国はチャイナかもしれません.経済循環系グラフはそれ自体「決済システム」を表象しているので,系が国家単位であるときには,システム全体は中央銀行を表します(政府はその中の一プレーヤであるに過ぎません).国境を超えた大域経済圏には複数の中央銀行が存在し,異なる通貨が流通していますが,為替レートは安定で,通貨の等価交換がつねに可能であることを前提とし,各国中央銀行システムを統合した仮想的な統一決済システムの存在を仮定します.

A B C 支出合計 仕入合計 消費合計 輸入 損益
A 人件費50 消費輸出120 170 50 120 -20
B 中間財輸出100  人件費50 消費輸出120 270 150 120 100 -20
C 中間財輸出200  国内消費60
給与50
310 250 0 200 +40
売上合計 150 250 350 750 470
所得合計 100 100 100 300 総所得
最終消費 300 総支出→ 300
輸出 100 200 300
純輸出 100 100 -200 0
純生産 100 100 100 300 総生産

数字的にはまったく変化はありませんが,集計用にいくつかの列と行を追加しました.いずれも輸出入に関係するものです.「輸入」はその行の国家の外部からの「純消費」を除く輸入の合計,「輸出」はその列の国家の「純消費」を除く輸出の合計,「純輸出」は「輸出」と「輸入」の差額とし,純生産は以下の式のように,「最終消費」と「純輸出」の和として与えられます.

純生産=最終消費+輸出-輸入=最終消費+純輸出

C国には消費輸出120というのが2件ありますが,これらは輸出入には勘定されません.これはアマゾンなどの大域企業(グローバル企業)が行っている海外に居住する消費者への直接販売を意味しています.通常のケースでは最終消費財の輸出では輸入国側の販売業者を経由して国内販売することになるので,そのようなパターンでどうなるかを見ることにします.上の表をアレンジしてC→Bの輸出は「消費輸出」のままとし,C→Aの輸出では財貨を中間財(仕入れ/卸し)として輸出して,A国内で販売するというパターンにしてみます.

A B C 支出合計 仕入合計 消費合計 輸入 損益
A 人件費50
財貨消費120
財貨輸出120 290 170 120 120 -20
B 中間財輸出100  人件費50 消費輸出120 270 150 120 100 -20
C 中間財輸出200  国内消費60
給与50
310 250 60 200 +40
売上合計 270 250 350 870 570
所得合計 100 100 100 300 総所得
最終消費 120 180 総消費→ 300
輸出 100 200 120 420
純輸出 -20 100 -80 0
純生産 100 100 100 300 総生産

A国では(マージンを取らず)輸入額と同じ金額で販売しているので,A国の所得合計には変化がありません.表の対角線上にあるA国の自己取引セル内に追加された財貨消費120を取り除くと,A国ではC国から輸入した財貨が売れ残っている状態になるため,売上と所得がその分減少し,大域的な総消費=総所得=総生産もその分連動して減少します.経済循環マトリックスでは最終消費された製品・サービスのみが純生産としてカウントされる(価格が付いていない商品,つまりまだ売れていないものはその時点では無価値とみなされる)ためです.

外国貿易を扱うために,「輸入」,「輸出」などの項目を追加しましたが,これを国内経済計算に応用することはできないでしょうか?上の表では,経済単位が国家なので,「所得合計」は「国民総所得」に相当し,「純生産」は「国民総生産」を表すものと見ることができます.「純生産」の値を得るためには,「純輸出」を計算しなくてはなりませんが,国内経済でも外部取引を移出・移入と捉えれば,翻案できるのではないかと思います.それができれば,国内経済についても,もう少し詳しい議論が可能になる上,国内経済と外部経済を一つの計算表上で完全に同じレベルで解析できるようになります.

該サンプルをアレンジして,企業A, Bと従業員a, bから構成される経済圏をX国,企業Cと従業員cからなるY国に分割してみましょう.Y国は1国を経済単位とし,X国ではすべての構成メンバーがそれぞれ独立の経済主体であるようなモデルを考えます.Y国にはアマゾンのようなグローバル企業が存在し,世界中に商品を直販しています.ただし,A社は外販を目的としてY国から輸入していますが,「時点」では販売実績がないため「在庫」の状態になっています.B社ではそれを外販せず,Y国から輸入した製品の全額を社内消費して内販60とします.aとbは個人なので最終消費の目的でY国から直接購入します.やってみましょう.

A B a b Y 出金額 仕入高 移入財 消費額 損益 総支出
A 給与50 製品輸出60 110 110 110 -10 -10
B 原材料100 内販60 給与50 製品輸出60 270 210 210 60 -10 50
a 消費輸出 60 60 60 -10 50
b 消費輸出 60 60 60 -10 50
Y 輸出200 国内販売 60
給与50
310 250 200 60 40 100
入金額 100 260 50 50 350 810 570 0
総所得 -10 50 50 50 100 240
移出財 100 200 50 50 120 520
純消費 60 180 240
純移出 -10 -10 50 50 -80 0
総生産 -10 50 50 50 100 240

できました.このマトリックスは外国貿易を伴う外部経済と内国経済が混合した広域循環マトリックスですが,完全に汎用的な(ありとあらゆるケースに適応可能な)循環マトリックス計算が確立できたと思います.内容的には一番最初に提示した33雇用者のマトリックスと「ほぼ」同じですが,A社ではY国から製品輸入した商品をまだ販売していないため,総所得が-10という赤字の状態になっています.

すべての財貨・サービスの売買取引は経費(仕入れ)純消費(最終消費)に二分されます.これらの区分はその取引が国外(輸出入)であるか国内(移出入)であるかによりません.自己取引(経済単位内の内部経済)の場合でも同じです.つまり,その経済単位がどのような規模のものであっても例外なく同一のルール・手順によって計算されます.海外への報酬支払い(送金)はサービスの輸入,国内における出稼ぎもサービスの移出としてまったく同じ扱い(移出/入財)になります.海外からの観光客の現地での買い物は消費移出財です.

上の三国経済循環マトリックスの輸入,輸出,純輸出,純生産となっていた項目をそれぞれ,移入財,移出財,純移出,総生産に改め,新たに消費額,損益,総支出という項目を追加しました.また,一行を短くするために,売上合計,所得合計,最終消費,支出合計,仕入合計,消費合計をそれぞれ,入金額,総所得,純消費,出金額,仕入高,消費額のようにリネームしました.

集計行と集計列の各項目は以下のように定義されます.

出金額=∑(行の全要素)
入金額=∑(列の全要素)
仕入高=∑(行の仕入れ)=(内部経費)+移入財

損益=入金額-出金額
総所得=入金額-仕入高

移入財=∑(行の外部からの仕入れ)
移出財=∑(列の外部からの仕入れ)

消費額=∑(行の純消費)
純消費=∑(列の純消費)

総支出=消費額+損益
純移出=移出財-移入財
総生産=純消費+純移出

(入金額)=∑(出金額)
(損益)=0
(純消費)=∑(消費額)=∑(純生産)
(移入財)=∑(移出財)
(純移出)=0

∑(総所得)=∑(総支出)=∑(総生産)=∑(消費額)=∑(純消費)
  = 全所得 = 全支出 = 全生産 = 全消費

今回は個別経済単位ごとに,総所得,総支出,総生産を計算し,それらが完全に一致していること(三面等価の原理)が確認されました.広域的には,∑総所得,∑総支出,∑総生産,∑消費額,∑純消費がすべて完全一致しています.(上表でで塗りつぶされている部分).個別経済単位に業種・地域などの属性が与えられていれば,それに従ってあらゆる種類の統計(産業別・地域別などなど)がたった一つのブロックチェーン(取引台帳)から導き出せることが確認されました.しかも,それを全自動で実行することができます.取引の品目が分からなくても,また,その製品の生産プロセスに立ち入らなくても,その取引が仕入れ(経費)であるか純消費であるかを見るだけでここまでできるというのはある意味,すごいことであるような気がします.

2021/07/06 13:57

前便でもご説明したように,循環マトリックスの対角線上にあるセルは内部取引(自己取引)を意味します(グラフでは自己ループ).これは主にマトリックスが縮約マトリックスである場合に起きる現象ですが,その(自己)取引が仕入れ(経費)であれ,純消費であれ,適用されるルールには変わりありません.B社は内販によって所得が+50になっているのに対し,A社の所得は-10になっています.B社の社内販売では資金はB社の内部で動いている(出金と同額が入金している)だけで収支には関わりなさそうに見えますが,ABの相違点は,A社で保有している製品在庫はまだ評価されていない(販売されていない)ため,値が付いていないのに対し,B社ではどの部門かがその製品を購入したことによって値が確定し,その製品が「使用できる状態」になったためと言えます.

内部取引については,前にも「専業主婦の家庭内労働賃金は誰が支払うのか?」という「難問」として何度か触れていますが,この場合も,家事労働に(名目上)賃金を支払えば,その家計の所得は増加します.これは「その労働が評価されたこと」を意味するもので,逆に言えばどっちみちお金は動かないのだから,主婦にはいくらお金を払ってもよい,とも言えます(夫と妻が別財布ではそうも言えませんが…).この「労働が評価されたこと」=「所得が増加すること」の意義は,たとえば,子どもに「お小遣いやるから~やって」と頼むようなケースを考えれば分かります.この場合はお金をやらなければその仕事はなされなかったと考えられるので,「お小遣い」によってその金額相当の「労働」が実行され,それが「生産」として評価されたと言えます.もっとわかり易い例で言えば,「最近やってないけど,これでどう…」と言って妻にお金を渡し,それに妻が応じたとすれば,明らかに家庭内売買春という完全な経済行為(貨幣的取引)が成立すると考えられます.サービス残業などは企業内で起きている「無賃の家事労働」かも知れません.

本システムでは「在庫」を価格的に推計するのはかなり難しいような気がします…多分,できません.仕入れ額がどの製品にどれくらいの割合で分配されているかを推計する手段が存在しないからです.もちろん所得がマイナスになれば,販売不振という状況にあるくらいは推定できますが…まぁ,これは「決済システム」ですから,そこまでやる必要もありません.※イクシマさんのデジタルレーニン主義ではそこまでやるのだろうか?AIを使えばそれも可能になる?(少なくとも現状を見る限りではデジタルマオイズムもそこまで成功しているようには見えない…)

B.A.

訂正:用語の使用,特に集計行および集計列で用いられる項目名の見直しを行い,経済循環マトリックスの構成と整合するような名称に統一するための修正を行った.経済循環マトリックス上のセルは1つないし複数の貨幣的取引を表示し,通貨は最左列のノードから最上行のノードに移動するので,「行」は最左ノードの支出,「列」は最上ノードの収入を意味している.純消費→最終財,消費額→純消費とし,総支出,総所得,総生産はそれぞれ,支出額,所得額,生産額に改めた. (2022/05/12)

2021/07/07 4:01

生島さん,下田さん

GDPを算出するための経済循環マトリックス計算の核となる部分はほぼ固まったのではないかと思いますが,もう少し調べてみたいと思います.もっとも興味深いのは,生産額が,

生産額 = 純消費 + 損益 

という式で与えられるという点です.この損益という値は,ある経済単位の収入と支出の差分をあらわすもので,経済循環グラフ的に言えば,グラフの各ノードの重み(持ち分,中央銀行の当座預金残高)の増減を表します.国民経済計算の解説の中ではあまり見かけない数字ですが,これはなぜかというと,ある閉じた経済循環系においては,∑損益は必ずゼロになると考えられるからです.つまり,「損益」の出番がありません.同じ様にトータルでつねにゼロになる数字に純移出(純輸出=輸出高-輸入高)という数字があります.ただし,開いた経済循環系ではむしろゼロにならない方が普通なので,国民経済計算の中ではかなり重要な役どころです.※この等式は,「働かざるもの食うべからず」という命題を数式化したものに他ならない

一部の教科書はこの「損益」の代わりに「貯蓄」という用語を使っている場合があります.家計部門などでは 所得=消費+貯蓄(可処分所得のうち消費しなかった金額),企業部門では貯蓄の代わりに投資という用語を用いて,所得 =消費+投資のように表現されたりします.循環マトリックス上の時点ではまだこれらの資金の処分(貯蓄や投資)は実現されていないので,あくまで損益と見ておいた方がよいと思います.

売上高=∑(列の全要素)=∑中間財の販売+∑最終財の販売
支払高=∑(行の全要素)=∑中間財の仕入れ+∑最終財の購入
純消費=∑(行の純消費)=∑最終財の購入
損益=売上高-支払高=∑中間財の販売+∑最終財の販売
      -∑中間財の仕入れ-∑最終財の購入
支出額=純消費+損益
   =∑最終財の購入+∑中間財の販売+∑最終財の販売
           -∑中間財の仕入れ-∑最終財の購入
   =∑中間財の販売+∑最終財の販売-∑中間財の仕入れ
   =∑最終財の生産額+∑中間財の生産額-∑中間財の仕入れ
   =∑最終財の純生産額+∑中間財の純生産額=生産額

支出額=生産額は確かに成立しているようです.マトリックス上で実際に確認して見ましょう.Y国の場合に注目します.下表では,Y国の支出側(行)に純消費項目が出現するように,A社からY国に燃料60の輸出を追加しました.これにより,Y国の純消費は120,損益は-20に変化して支出額は100になりました.以下の表から数字を拾い出し,上の式に代入してチェックしてみます.

A B a b Y 支払高 仕入高 移入財 純消費 損益 支出額
A 給与50 製品輸出60 110 110 110 50 50
B 原材料100 内販60 給与50 製品輸出60 270 210 210 60 -10 50
a 消費輸出 60 60 60 -10 50
b 消費輸出 60 60 60 -10 50
Y 燃料60 輸出200 国内販売 60
給与50
370 250 200 120 -20 100
売上高 160 260 50 50 350 870 0
卸売高 100 200 50 50 170 570
所得額 50 50 50 50 100 300
移出財 100 200 50 50 120 520
最終財 60 60 180 300
純移出 -10 -10 50 50 -80 0
生産額 50 50 50 50 100 300

売上高=製品輸出60x2+消費輸出60x2+国内販売60+給与50350
支払高=燃料60+輸入200+国内販売60+給与50370
損益=(製品輸出60x2+消費輸出60x2)-(燃料60+輸入200)-20
純消費=燃料60+国内販売60120
支出額=純消費120+損益-20
  =国内販売60+消費輸出60x2+製品輸出60x2-輸入200
  =∑最終財生産額180+∑中間財生産額120-∑中間財仕入れ200
  =∑最終財の純生産額180+∑中間財の純生産額-80
  =生産額100

Y国で販売されたすべての財貨(仕掛りの中間財を含めて)はY国の生産物としてカウントされます.ただし,それらの財貨を生産するために外部から移入ないし輸入した中間生成物のコストを控除しなくてはなりません.上の計算式はこれらのことを抜かりなく実行するための手順書になっています.純消費+損益から生産額が直接算出できるというのはまったくもって直感的ではありませんが,恒等的に成立する(マクロ経済学の原理の一つ)ことが示されました.生産額=支出額の等式は,支払高=移入財+最終財+内部経費,売上高=移出財+純消費+内部経費の関係を使って,もう少しスマートに証明できます.

支払高=移入財+純消費+内部経費
売上高=移出財+最終財+内部経費
損益=売上高-支払高=(移出財+最終財+内部経費)
              -(移入財+純消費+内部経費)
  =移出財-移入財+最終財-純消費
  =純移出+最終財-純消費
支出額=純消費+損益
   =純消費+純移出+最終財-純消費
   =最終財+純移出
   =生産額

さて,気になるのはこのマトリックスに含まれている2つの「ゼロサムゲーム」です.明らかにこのゼロサム式は恒等的に成立します(※⇒上表からも明らかなように「損益」と「純移出」のそれぞれの累和はつねにゼロになる.つまり,参加メンバーの一方がプラスになれば,他方はかならずマイナスになる).「競争社会」とはよく言われますが,まさに生きるか死ぬかの弱肉強食の世界ですね.経済がこんなにシビアなものだとは思いませんでした.平均すれば常時半分くらいの人は損益マイナスの状態にあり,国家の半数あるいはそれ以上の国家が貿易収支の赤字で悩んでいる姿が目に浮かびます.損益マイナスの状態から脱出するのは容易いことではありません.それにしては,破綻して自殺を選ぶ人がそれほど多くはないというのはどういうことでしょうか?※

※⇒個人は収入に合わせてなんとか生計をやりくりしているので,帳簿尻は中小零細企業にしわ寄せされているものと推定される.これは構造的と言うより,むしろ原理的と言うべきものだろう.未開発ないし発展途上国がODAを必要とするのも同じ原理だ.財政赤字国に対するIMF融資が逆にその国の経済を破壊する結果に陥りがちな理由もそこにある.農業国が貧しいのもそれが原因と言えるだろう.すべては経済循環マトリックスがゼロサム・ゲームであるためだ.

この2つのゼロサムゲームは相互に影響し合うことはあり得ますが,かならずしも連動しているものではありません.実際,対外収支(貿易収支)赤字でも損益黒ということはあるし,その逆も真です.わたしの感覚ではどちらがシビアかと言えばやはり損益の方ではないかという気がします.というのは,損益はあからさまな資金ショートを意味しますが,純移出(純輸入)の赤字では資金的には赤字でもそれに見合った財貨を輸入(移入/購買)しているのだから,必ずしも悲観するまでもないのではないかと見ています.※⇒実際のところ,国際収支における最大の「赤字国」はアメリカである.「赤字」に対する「見方」を変える必要があるのかもしれない…

A B a b Y 支払高 仕入高 移入財 純消費 損益 支出額
A 給与60 製品輸出60 120 120 120 40 40
B 原材料100 内販60 給与60 製品輸出60 280 220 220 60 -20 40
a 消費輸出 60 60 60 0 60
b 消費輸出 60 60 60 0 60
Y 燃料60 輸出200 国内販売 60
給与60
380 260 200 120 -20 100
売上高 160 260 60 60 360 900 0
卸売高 100 200 60 60 180 600
所得額 40 40 60 60 100 300
移出財 100 200 60 60 120 540
最終財 60 60 180 300
純移出 -20 -20 60 60 -80 0
生産額 40 40 60 60 100 300

このサンプルは企業3社と個人3人でうち11名はY国という構成になっていますが,すべての家計で赤字になっています.これは給与が50円に対し,消費が60円掛かっているためです.仮に60円というのが労働力再生産のための最小限のコストであるとすれば,そこまで給与を上昇させない限り,この経済は持ちません.そこで,とりあえず,給与を一律10円アップして60円としてみました.個人cはY国の中に入ってしまっているため見えませんが,ともかくすべての家計で損益ゼロという状態を確保することができたと言えます.さて,その尻拭いはどこへ行くのでしょう.個人の損益がすべてゼロないし黒字であるとすれば,そのしわ寄せはすべて企業セクタに回るしかありません.なるほど,少し分かりかけて来ました.

日本全体の企業の99.7%は中小企業であると言われていますが,そのうちの7割が赤字という数字があります.わたしはこれまでどんな企業でも経営努力しさえすれば黒字転換は可能なはず,赤字決算のかなりの部分は脱税のための粉飾ではないかと思っていましたが,どうも,そういうことではなかったようです.総和がゼロのゲームでは,誰かしらが貧乏くじを引くしかありません.もし,この赤字が「変動」であって,平均すればゼロというのならまだよいのですが(「持ち分」のベースラインを一律引き上げて残高がマイナスにならないようにするなどの方策があり得る),大きいところはまず赤字にはなりませんから(もちろんときどきニュースで耳にしますが,大概は脱出できます),小さいところがそのあおりでほぼ恒久的に赤字を出し続けるのは避けられないように思われます.しばしば「時代遅れのビジネスはとっとと市場から退出しろ」という声が聞こえますが,それも違うのではないでしょうか?確かに廃業して賃金労働者になれば最低限食ってゆくことはできるかもしれませんが…

「ウィンウィン」ということばがありますが,原理的にあり得ない話です.これが現実であるとすればどんな手を使ってでも相手を出し抜くしかないということになってしまいます.「金融システム」云々より以前にこの原始的な競争社会を転換する必要があるのではないでしょうか?まぁ,赤字経営を続けていても,それが「常態」であるという悟りを開けば存続可能なのかもしれませんが…日本経済の過半の部分はボランティア経済である,つまり採算の取れないビジネスで何とか回しているとは前々から思っていましたが,確かに日本経済の現状,というより世界経済と言っても同じですが,原理的にそうなるしかないような気がしてきました.クリフォード・ダグラスが説いていたのはおそらくそのことなのだろうと思います.だとすれば,ベーシックインカムはむしろ企業にこそ分配すべきものであるのかもしれませんが,企業にはデット・エクイティ・スワップ(企業の債務を債権者が債権による現物出資をおこない株式化すること,もしくは、債権者が金銭出資をおこない株式を取得し、その出資で債務の弁済を受けること)という奥の手もあります…

日本の中小企業は従来から運転資金を銀行等からの借入のローリング(半永久的な借り換え)で賄う傾向があり、これは中小企業の資本性借入れ(擬似エクイティ融資)として問題視されてきた。銀行等の融資は、満期には完全に返済されることを想定しており、恒常的に必要な資金は、本来は株式で調達する(株主からの出資で賄う)べきである。出典:増田安良(東洋大学)

考えられる最善手は,おそらく「経済循環システムの持ち分の変動を許容範囲内に収めるような仕組み」を構築することではないでしょうか?そのためには富の再配分しかないような気もします…つまり極端に過剰な持ち分を削って平坦化する…もちろん,異常に落ち込んでいるところはその原因を突き止めて対処する必要はありますが…損益を改善するためにはやはり輸出しかありません.当然ですが,内需拡大は[GDPを増加させる効果はありますが]損益[対外収支]にはまったく反映されません.下図ではY国の内需を200まで拡大した上で,Y国からA社への輸出を100に増加させてみました.この結果,これまで+40あったA社の損益が0になり,Y国の損益は+20になりました.輸出が伸びたので純移出のマイナスもその分だけ減少しています.

A B a b Y 支払高 仕入高 移入財 純消費 損益 支出額
A 給与60 製品輸出100 160 160 160 0 0
B 原材料100 内販60 給与60 製品輸出60 280 220 220 60 -20 40
a 消費輸出 60 60 60 0 60
b 消費輸出 60 60 60 0 60
Y 燃料60 輸出200 内需 200
給与60
520 260 200 260 20 280
売上高 160 260 60 60 540 1040 0
卸売高 100 200 60 60 220 640
所得額 0 40 60 60 280 440
移出財 100 200 60 60 160 580
最終財 60 60 320 440
純移出 -60 -20 60 60 -40 0
生産額 0 40 60 60 280 440

PS:多少修正が入っているのでアップデートしました.これは経済循環マトリックス計算のルールブックです.

支払高=∑(行の全要素)=移入財+純消費+内部経費=純消費+仕入高
売上高=∑(列の全要素)=移出財+最終財+内部経費=最終財+卸売高
仕入高=∑(行の仕入れ)移入財+内部経費
卸売高=∑(列の仕入れ)=移出財+内部経費
損益=売上高-支払高
所得額=売上高-仕入高

純消費=∑(行の純消費)=支払高-仕入高
最終財=∑(列の純消費)=売上高-卸売高
移入財=∑(行の外部からの仕入れ)
移出財=∑(列の外部からの仕入れ)

純移出=移出財-移入財
生産額=最終財+純移出
支出額=純消費+損益

(純移出)=0(財貨的ゼロサムゲーム)
(損益)=0(貨幣的ゼロサムゲーム)

支払高=∑売上高
(卸売高)=∑(仕入高)
(移入財)=∑(移出財)

所得額=支出額=生産額(単位経済の三面等価原理)

総消費=∑(純消費)=∑(最終財)
総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)=∑(生産額)

総生産=総所得=総支出=総消費(総体経済の四面等価原理)

2021/07/07 22:23

生島さん

>いよいよGDPになってきて嬉しいと思います。

確かに,このスレッドはある程度まで生島さんのご要望に沿う方向で進めているところがあるというのは事実です(バックキャスティングってやつですね).ただ,そのリクエストのレベルが高過ぎて…なかなか…

>ここはある意味マクロ経済学のキーだと思いますのでありがたいです。

サンプルとして示している計算表は,「スプレッドシート」があれば造作もなく書けるものですが※,この簡単な図表から読み取れることはとても深いものがあります.わたし自身思わぬ発見がいくつもありました.セルの数字をあちこちいじると色々なことがわかってくるのですが,これを自動化したいですね.30年前に「イカロス」という名前の「シミュレーションソフト」を開発したことがあります.そのころは中学校の職業家庭科に「情報基礎」という領域があって,その授業の教材として使うためにBTRON-OS向けに開発されたものですが,非関税障壁だとかなんだとかアメリカから難癖を付けられてBTORON自体が葬り去られてしまったため,陽の目を見ることがありませんでした.もし,これがいま手元にあったら,わたしは何のためらいもなく「経済循環マトリックス計算」をこのソフトの上に乗せていたことでしょう.イカロスにはそのために必要な機能がすでにすべて備わっていました.

経済循環マトリックスの計算表では一つのセルが複数の値を持つ場合があります.スプレッドシートで表現する場合には複数行に分けるしかないかもしれません…

GDPギャップもよく言われているのできちんと見たいと思っています。

えええ,もう次のご注文ですか!ま,待ってください.というか,こういう部分はたとえばイカロスのようなソフトがあればカバーできますよね.イカロスでは「数式入力」もサポートしていたので,「数式」を直接入力してそれを「コード」として動かすことができます.誰か作ってください!

>などとも用語統一というか、オントロジーですね。定義したいところです。

用語の統一は重要なポイントですが,まだ,何がどうなっているのか完全に把握しきれていないので,わたし自身ぐらぐらしています.昨日のメールでは純生産=純消費+損益としましたが,読み直してみると,やはりこれは「純生産」ではなくて「純支出」でした.というか,「純生産」とか「純支出」なんて用語は普通使いませんよね.「純輸出」というのはありますね.「純消費」ということばもどこかで使われていたと思います.用語はできるだけ統一したいと思っているのですが,わたしはグラフ理論を昔の古い教科書で学んでいるので,たとえばグラフの「辺」を「枝」と呼んでみたり,あるいは,「隣接行列」を「接続行列」と呼んでしまったり…グラフの「頂点」もわたしは「ノード」と呼んでいますが,グラフ理論家には嫌われるかもしれません(以前は「点」という呼び方をしていました).ネットワーク理論では「頂点」を「ノード」と呼ぶ方がむしろ普通だと思いますが…この辺りは完全に主観的な「こだわり」の部分なので,できるだけ「世間一般」に通用するように心がけてはいるのですが…

ただ,用語は厳密な定義を与えてから使用するべきですが,そうすると,定義部分のボリュームばかり大きくなって,テキスト全体が過剰に堅苦しいものになり,結果的に読者側に余分な負担を掛けるようになってしまう恐れもあって,まぁ,(いまのところ)アバウトに読み取ってもらえればというつもりで書いています…用語に厳密な定義を与えると間違っているところが見つかったりして,それもまた必要なのですが…

>問題は政府ですが、これが魑魅魍魎の世界です。

デジタル庁などと言っていますが,まず,政府財政をガラス張りにするところから始めないことには…

>山口先生の本でも2章でその関係の話が出てくるので用語整理しておくとありがたいです。

イカロスはインタプリータ言語を内蔵したシミュレータで,数式を含む任意のコードを直接入力し,クロックに同期して擬似的な並列プロセスを実行して,その結果を画面に描画することができます.複数のレイヤー上に矩形・円弧・線分などの各種図形,テキストの他,透過ビットマップも表示できるのでそれぞれのオブジェクトが独立に動作するようなアニメーションも表示できます.システムダイナミックスもかなり高度なことができるようですが,この2つをミックスしたようなものができるとさらにおもしろいかもしれません.

数理研究所でやりませんか?たしか,20年度の予算が4兆円くらい残っていたような…いや,もっとありますね.4兆円というのは新規発行国債の減額分で,それ以外に予算執行不用額が3.9兆円,国債償還や補正予算に充てる純剰余金が4.5兆円もあります!

2021/07/08 0:18

誤:1nYLH)=1nA+a1nKSLH
正:lnYLH)=lnA+alnKSLH

上の式は,生島さんご紹介の「内閣府 付注1-2GDPギャップの推計方法について」に出てくる「コブ・ダグラス型生産関数」を対数変換したものですが,致命的なタイプミスがあります.いや,わたしも最近急速に視力が落ちているので,間違っていたらゴメンナサイ.

2021/07/09 20:30

生島さん,下田さん

前便のタイプミスはわたしが書いたものではありません.内閣府のサイトの「GDPギャップの推計方法について」で見つけたものです.わたしはプログラマなのでこういうのは得意なんですよ.プログラマがコードの中でこんなもの見落としてたら,それこそ生命いくらあっても足りません.些細なミスですが,この1文字の誤記を見ただけでもかなりのことが分かります.①担当部署はこのホームページ作成を外部業者に丸投げしている,②検収をほとんど無検査で通している,③担当者はこの記事が読まれることをほとんど期待していない,④実際,この分野を専門とする研究者でこの記事を閲読したものはほとんどいなかったのだろう,⑤発注価格はおそらく腰を抜かすくらい高額で,直接作業者の日当はおそらく青ざめるくらい安かったものと推定される,⑥当然,作業者はほとんど何も知らない字が読めるというレベルのアルバイトだ,⑦これもまた,どうせ,パソナか,電通がらみ?

>なかなかついていけてません。

済みません.「誤りを含む証明」を読むときの苦痛は身に覚えがあります.確か,ロシアのノーベル賞受賞者がこんなことを言っていました.「わたしは人の論文を読むときは,頭の部分としっぽしか読まない.もし,その命題が正しいとすれば,自分で証明を考えてしまった方が早い」.こんな偉い人でもそうなのですから,まして「整理されてない論」を読むのは,(生島さんのような方であっても)大変なことは重々承知しています.本論で分かりづらいところは多分,「移入財」と「移出財」の定義の辺りではないかと思います.「輸出入」と言ったのでは国家間の国際取引しか扱えないので,あえて「移出入」という用語を用いている点に関してはご理解頂けるものと思いますが,本論で定義された「移入財」,「移出財」は通常の「輸入材」,「輸出財」とは微妙なところで差異があります.ルールブックには以下のようにあります.

移入財=∑(行の外部からの仕入れ)
移出財=∑(列の外部からの仕入れ)

「取引」は「通貨」と「財貨」の等価交換なので,つねにグラフの枝の両方の向きで移動が発生しますが,経済循環グラフでは「通貨」の移動だけに着目しているので,片側だけの「有向グラフ」として表現します.グラフをマトリックスに転換すると,「セル」はグラフの枝(取引)に相当しますが,「行」はそのノードからの「支出」を表し,「列」がそのノードへの「収入」になります.「財貨」はその逆向きに動いているので(通貨の動きと反対方向),たとえば,計算表上で「輸出」と書いてあるときには,「上」のノードから「左」のノードへの「輸出」であるということになります.「外部からの」としているのは,この集計には「自己取引」,つまり,「内部経済」を含まないという意味です.ここまではいいと思うのですが,問題は「仕入れ」としている点です.明らかにこれはかなり直感に反する定義になっているのではないでしょうか?※つまり,最終財の移出入は計数に含まれない!

「仕入れ」と呼ぶものの中には「中間財」の購買と,給与など報酬(労働サービスの対価)の支払いが含まれます.つまり,最終消費財の価格の中に転化される(埋め込まれる)と考えられる財貨・サービスがすべて含まれます.これらを控除しないと正しい生産額を計算できません.「最終消費財」の価格は「仕入れ」+「収益」で,この収益分が「付加価値」と呼ばれるものです.輸出入の用語では,純輸出=輸出-輸入となりますが,この「輸出」ないし,「輸入」は通常の理解では,「最終消費財の輸出を含めた全輸出」あるいは,「最終消費財の輸入を含めた全輸入」となります.しかし,「移入財,移出財には最終消費財を含めない」というのが我々の与えた定義です.この定義を従来の定義に戻して,「移入財=移入されたすべての財貨,移出財=移出されたすべての財貨」のように補正して再計算すると,

移出入=移出財-移入財=売上高-支払高=損益

という結果になり,結果的に,財貨的ゼロサムゲーム貨幣的ゼロサムゲームが完全に一致するようになります!確かに,これはわたし達が直感的に感じる「語感」とマッチしています.つまり,「貿易収支が赤字なら損益もマイナスになるはずだ(その逆も真)」という理解です.むしろ,逆に「財貨的ゼロサムゲーム」と「貨幣的ゼロサムゲーム」が交叉しているという方が分かりづらいと言ってよいと思います.下記のような定義を「移出入の古典的定義」ないし,古典的移出入と呼ぶことにしましょう.

移入財=移入されたすべての財貨
移出財=移出されたすべての財貨

確かに,近来までの外部経済取引は「古典的定義」と一致するような動きになっていたのだと思います(産品は一度「仕入れ」されてから国内で販売・加工される).今回の議論で初めてそれが修正されようとしているのですが,そのことは実体経済の最近のトレンド,つまり,グローバル企業による国境を超えた財貨の取引が急速に増加してきたという変化が背景にあるのではないかと推測しています.これらの企業,主にGAFAMなどですが,かれらは外国居住者に直接財貨・サービスを販売することができます.いま,OECDで議論になっている巨大IT企業に対する「デジタル課税」というのはこのような状況変化を直接反映したものです.実際,貿易収支,経常収支などの用語の定義でさえ,近年になって大幅改訂(IMF国際収支マニュアル,2014)されています.このことが意味するものをもう少し,俯瞰的に考えてみます.

経済循環グラフのノードは独立した経済主体ないしその集合,枝はノード間の貨幣的取引と定義されます.経済主体と呼ばれるものには,個人,企業,政府,金融,非営利団体などすべての個人・団体が含まれます.これらの経済主体がその規模の大小・属性・目的などに関わりなく完全に同一レベル・同一ルールのもとに取引を行っている状況を表現することがこのモデルの目標です.国民総生産や国民総所得などは国家単位で計算されますが,ここではすべての経済主体が同一レベル(同じテーブル)で経済活動を行っていると考えられるので,すべての経済単位について,それぞれ,総生産(生産額)や総所得(所得額)が同時並行的に計算できなくてはならないというのが我々の立場です.このことと,上のような問題が起きていることには深い関わりがあります.

通常,輸出入と言えば海外からなにかの財貨を輸入(仕入れ)して,それを直接ないし加工して販売(国内消費,ないし再輸出)するというプロセスを考えますが,現状はすでに国境を超えた個人・企業の取引が実行されている,つまり,企業や個人が国家と肩を並べるような状況になりつつあります※.これは生島さんがよく言われている,国家→企業→個人のような潮流と関わりがあるように思われます.このような状況はすべての経済主体を擬人化したモデルで考えるとわかり易いかもしれません.企業にとって,工場や設備,運搬車両などは人間の肉体に相当するものであり,いわば増強された肉体(サイボーグのようなもの)ですが,それ自体が意思決定能力を持っているという点において,主体であると言えます.「経済」とは,これらスケールの異なる「主体」(蟻ん子から象さんまで)がミックスして生息・活動するエコシステム,ある種の自然環境であると言えるでしょう.

※地域経済主体間の財貨の移動を「移出入」,国家経済間のトレードを「輸出入」と呼ぶとして,多国籍企業によるボーダーレス取引をなんと呼べばよいのだろう?なかには,個人輸入ビジネスなどというものもあるが,その個人の国籍,居住地はもはや主要ファクタではない.

「損益」は資金の増減であり,通常,「損益」がマイナスでも「所得」は立っています.所得=生産ですから,所得がないということはすでに経済活動終了しているということになるので,赤字企業と言っても操業している限り所得はプラス水準にあります.税務的な赤字というのは損益がマイナスになることですが,これまで見てきたように損益がマイナスというのは原理的・数理的に「ノーマル」な状態であり,ほぼ半数の経済単位が損益マイナスになるのは「どうやっても」避けることはできません.従って,ギリシャやウクライナが破綻に追いやられるというのはかなりおかしな話です.仮にこれらの国が債務国から脱却したとしても,それは単に赤字を他国に移転したことにしかなりません.IMFのように債務国の経済をぎりぎり締め上げて財政再建するというスキームは明らかに基本的なところで間違っています.それをやっていたら,世界中が窒息してしまいます.

三面等価原理が恒等的に成立するというところも国民経済計算で分かりづらいところかもしれません.生産・所得・支出の3面はそれぞれ完全に独立の活動であるように見えるからです.これに関しては説明してもなかなか分かりづらいところがあるので,簡単な「証明」でそれに代えたいと思います.純支出=純生産というところは既出ですが,再掲します.ただし,「純支出」と「純生産」という用語は多少紛らわしい(というより混乱していた)ので,「生産額」と「支出額」にリネームしました.生産額=最終財+純移出支出額=純消費+損益で,生産額は,その単位経済で生産され,最終消費ないし移出された正味財貨の合計,支出額はその経済単位が最終消費財として消費ないし移入した財貨+損益(剰余)です.これはよく見る,所得=消費+貯蓄という(教科書的)記述に対応するものです.以下では赤字は最終消費,青字は仕入れ中間消費)です.

単位経済の三面等価原理:所得額=支出額=生産額

証明:単位経済の三面等価原理

支払高=移入財経費純消費仕入高純消費
売上高=移出財経費最終財=支払高+最終財
仕入高=移入財経費
損益=売上高-支払高
=(移出財経費最終財)-(移入財経費純消費

  =移出財移入財最終財純消費
  =純移出最終財純消費

支出額純消費+損益
   =純消費純移出最終財純消費
   =最終財純移出
   =生産額

所得額=売上高-仕入高
   =(移出財経費最終財)-(移入財経費
   =最終財移出財移入財
   =最終財純移出
   =生産額

総体経済の四面等価原理:総生産=総所得=総支出=総消費

証明:単位経済の三面等価原理より明らか

総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)

総生産総所得総支出

ただし,総消費に関しては別途証明を要する

支払高=∑仕入高+∑純消費 から
∑純消費
=∑支払高-∑仕入高
    =∑(支払高-仕入高)
    =∑(所得額)
    =総所得

総消費=∑純消費)=∑(最終財)=総所得

QED

上記で,赤字は最終消費財・サービスの移転,青字は中間消費財・サービス(内部経費を含む)の移転,経費(内部経費)は製品価格に含まれる内部取引額(社員給与など).

単位経済では所得=支出=消費は成り立ちません.これは当然の理(失業中に競艇場に走ったり…)と言えますが,生産=所得=支出であるとすると,不労所得者の経済はどうなっているのだろう?というのが次の宿題(金融経済マトリックス)です.

比較参照用にサンプルを出しておきます.参考データとしてX国={A社,B社,a, b}の集計を入れました.セルの取引種別には供給者から需要者に送られる財貨の種別が書いてありますが,この計算表ではトップ行が供給者,最左列が需要者を示しているので,個人aA社に「給与」を送るというのは意味が通りません.そこで,給与→労働に改めました.つまり,個人aA社に労働サービスを提供し,その対価として給与60を受け取っています.XA+B+a+cの計算を実行しておくと,あとの集計はXYを計算するだけで簡単に終わります.

A B a b X Y 支払高 仕入高 純消費 移入財 支出額
A 資材40 労働60 100 輸出60 160 100 60 100 60
B 原材料100 内販60 労働60 160
60
輸出60 280 220 60 220 80
a 輸出 60 60 0 60 0 60
b 輸出 60 60 0 60 0 60
X 100 40 60 140
60
560 320 240 320 260
Y 燃料60 輸出200 60 60 内販 60
給与60
380 260 120 200 100
売上高 160 300 60 60 580 360 940 総取引
損益 0 20 0 0 20 -20 0
卸売高 100 240 60 60 460 120 580 重複
所得額 60 80 60 60 260 100 360 総所得
最終財 60 60 0 0 120 240 360
移出財 100 240 60 60 460 60 520
純移出 0 20 60 60 140 -140 0
生産額 60 80 60 60 100 360

経済循環マトリックス計算のルールブック(更新:2022/05/14

支払高=∑(行の全要素)=移入財経費純消費仕入高+純消費
売上高=∑(列の全要素)=移出財経費最終財卸売高+最終財
仕入高=∑(行の仕入れ)移入財経費
卸売高=∑(列の仕入れ)=移出財経費

所得額=売上高-仕入高
損益=売上高-支払高

純消費=∑(行の純消費)=支払高-仕入高
最終財=∑(列の純消費)=売上高-卸売高
移入財=∑(行の外部からの仕入れ
移出財=∑(列の外部からの仕入れ

純移出移出財移入財卸売高仕入高
生産額=最終財純移出
支出額=純消費+損益

純移出)=0(財貨的ゼロサムゲーム)
(純損益)=0(貨幣的ゼロサムゲーム)

支払高=∑売上高
卸売高)=∑(仕入高
移入財)=∑(移出財

所得額=支出額=生産額(単位経済の三面等価原理)

総消費=∑純消費)=∑(最終財
総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)=∑(生産額)

総生産=総所得=総支出=総消費(総体経済の四面等価原理)

2021/07/14 1:54

生島さん,下田さん

応用問題をやってみましょう.下図↓は,富山大学経済学部岸本研究室のサイトで見つけたものですが,貿易収支を見るときの「国籍基準」と「企業基準」の違いについての説明図です.経済循環マトリックスを試す格好の材料なので,2つの場合(国籍基準|企業基準)の計算表を書いてみたいと思います.(以下では数字の単位は10億ドル)

企業基準で見た米国の貿易収支の例

この図版で具体的な数字を明示されている取引は8つで,米国の輸出(581),輸入(609)の中にはこれらの取引が含まれているものとします.とりあえず,これら8つの取引の数字を元に「国籍基準」によるマトリックスを書いてみました.下の表では図中の米国をX国,外国をY国,米国本社をA社,外国企業をB社,米国系企業をα,外資系企業をβのように表記しています.各企業の所在地(居住地)から国内・A社・β社がX国籍,国外・B社・α社をY国籍とします.

国内 A β X 国外 B α Y 支払高 仕入高 純消費 移入財 損益 支出額
国内 内販
1066
外商
1066
1066
1066
[輸入]
318
318 2450 1384 1066 1384 -50 1016
A 逆輸出
109
109 109 109 109 31 31
β 仕入
993
993 逆輸出
182
182 1175 1175 1175 -9 -9
X 993
1066
1066 2059
1066
318 291
609
3734 2668 1066
609
-28 1038
国外 [輸出]
341
341 販売
1189
1189 1530 341 1189 341 -97 1092
B 納品
1189
1189 1189 1189 1189 0 0
α 輸出
140
輸出
100
240 仕入
1115
1115 1355 1355 1355 125 125
Y 341 140 100
581
1115 1189 1189 2304
1189
4074 2885 1189
581
28 1217
売上高 2400 140 1166 3706 1433 1189 1480 4102 7808 0
卸売高 1334 140 1166 2640 1433 1480 2913 5553
所得額 1016 31 -9 1038 1092 0 125 1217 2255
最終財 1066 1066 1189 1189 2255
移出財 1334 140 1166
581
1433 1480
609
5553
1190
純移出 -50 31 -9 -28 1092 -1189 125 28 0
生産額 1016 31 -9 1038 1092 0 125 1217 2255

輸出額と輸入額として与えられた581609という数字に合わせるために,差額として国内→国外[輸出]341,国外→国内[輸入]3182つを図面上には見えない取引として追加します.β社の国内販売(1065.6)B社の現地販売(1188.5)の末端価格は不明なので,仕入れ価格と同一としておきます.これで一応与えられた数字をすべて使った計算表ができました※.これをアレンジして「企業基準」によるマトリックスを書いてみます.α社はA社の子会社,β社はB社の子会社です.

総輸出=∑移出財,総輸入=∑移入財とするとき,経済循環マトリックス計算では,移入財=仕入高-経費,移出財=∑卸売高-経費のように計算されるので,複数の経済単位を縮約して作った計算表(上表ではX国,Y国の行と列に該当)では,経済主体の合併によって「内部取引=経費」が増加するため,縮約前の総輸出/総輸入の値と縮約後の総輸出/総輸入の値は一致しない.今の場合,縮約前の値は総輸出=総輸入=5553,縮約後は1190に変化している.※⇒(移出財,移入財)のセル

この図面の下には国籍基準と企業基準で収支がどう変化するかを説明する式↓が掲載されています.

米国の貿易収支

かなりややこしい式ですが,これで見ると,企業基準では輸出額は2523,輸入額は2499になるとされるので,輸出額-輸入額=24の黒字になると考えられます.国籍基準では-28の赤字だったので,貿易収支は24+28=52だけ「増加」していることが,523億ドルという数字に現れています.(企業基準で算出した実際の貿易収支黒字額は240億ドルです)ともかく「企業基準」の計算表を出してみましょう.

国内 A α X 国外 B β Y 支払高 仕入高 純消費 移入財 損益 支出額
国内 販売
1066
1066 [輸出]
318
外商
1066
1384 2450 1384 1066 1384 -50 1016
A 逆輸出
109
109 109 109 109 31 31
α 輸出
140
140 仕入
1115
輸出
100
1215 1355 1355 1355 125 125
X 1066 140 109 249
1066
1433 1166
2599
3914 2848 1066
2599
106 1172
国外 [輸入]
341
341 販売
1189
1189 1530 341 1189 341 -97 1092
B 納品
1189
1189 1189 1189 1189 0 0
β 仕入
993
逆輸出
182
1175 1175 1175 1175 -9 -9
Y 1334 1371
2705
1189 1189 3894 2705 1189
2705
-106 1083
売上高 2400 140 1480 4020 1433 1189 1166 3788 7808 0
卸売高 1334 140 1480 2954 1433 1166 2599 5553
所得額 1016 31 125 1172 1092 0 -9 1083 2255
最終財 1066 1066 1189 1189 2255
移出財 1334 140 1480
2705
1433 1166
2599
5553
5304
純移出 -50 31 125 106 1092 -1189 -9 -106 0
生産額 1016 31 125 1172 1092 0 -9 1083 2255

米国の輸出が2705,輸入が2599で純輸出106となり,与えられた数値と一致しません.「総所得」などの縦横集計(複式簿記的な計算)はすべて一致しているので,計算自体には誤りはないはずですが,どこかで「図の解釈」を間違えているように思われます.輸出で+182,輸入で+100の差額が出ています.数値を突き合わせてみると,この差異はおそらく,α社→β社の逆輸出182β社→α社の輸出100が関係しているように思われます.上に掲示した式の中では,どちらも輸入額から控除されている金額です.輸入額から控除されているということは,国籍基準では輸入項目だったということになるので,国籍基準の計算表でどうなっているのかを見てみましょう.

α社→β182というのはおそらく,図の読み間違いと思われます.つまり,「在来外資企業の輸入(182.2)」というのは,α→βではなく,B社→βと思われます.在米外資企業の輸出(▲100.0)というのも,「⇒」はα社のサークルに掛かっているように見えますが,真意はβ社→Bということなのでしょう.これを修正してもう一度作り直してみます.ただし,これをやるとおそらく,輸出入の調整額も変化することになるので,もう一度一からやり直すしかなさそうです.いや,それは不用かも知れません.この修正を行っても,国籍基準の輸出入額には変化はないはずです.(「在来外資企業の輸入」と「在米外資企業の輸出」は国籍基準計算表ではどちらも「内部取引」になっているため)

国内 A α X 国外 B β Y 支払高 仕入高 純消費 移入財 損益 支出額
国内 販売
1066
1066 [輸出]
318
外商
1066
1384 2450 1384 1066 1384 -50 1016
A 逆輸出
109
109 109 109 109 31 31
α 輸出
140
140 仕入
1115
1115 1255 1255 1255 43 43
X 1066 140 109 249
1066
1433 1066
2499
3814 2748 1066
2499
24 1090
国外 [輸入]
341
341 販売
1189
1189 1530 341 1189 341 -97 1092
B 納品
1189
1189 輸出
100
100 1289 1289 1289 82 82
β 仕入
993
993 逆輸出
182
182 1175 1175 1175 -9 -9
Y 1334 1189
2523
182
1189
100 282
1189
3994 2805 1189
2523
-24 1165
売上高 2400 140 1298 3838 1433 1371 1166 3970 7808 0
卸売高 1334 140 1298 2772 1433 182 1166 2781 5553
所得額 1016 31 43 1090 1092 82 -9 1165 2255
最終財 1066 1066 1189 1189 2255
移出財 1334 140 1298
2523
1433 182 1166
2499
5553
5022
純移出 -50 31 43 24 1092 -1107 -9 -24 0
生産額 1016 31 43 1090 1092 82 -9 1165 2255

できました!X国の移出財=2523,移入財=2499で完全に上記に記載された数字と一致しています.これはほんの一例ですが,経済循環マトリックス計算により,国家,地域,政府,企業,個人,団体などあらゆる属性を持った経済主体とその集合からなる経済循環において,それぞれの経済単位の対外収支を完全に計算できる(場合によっては,不足するデータを補うことすらできる)ことが示されました.

ただし,ここまではすべて財貨の移転を伴う実体経済マトリックスにおける計算なので,これに金融取引(財貨の移転を伴わない純貨幣的取引)を加えなくてはなりません.

PS:経済循環マトリックス計算のルールブック(更新:2022/05/14

支払高=∑(行の全要素)=移入財経費純消費仕入高+最終財
売上高=∑(列の全要素)=移出財経費最終財卸売高+消費財
仕入高=∑(行の仕入)移入財経費
卸売高=∑(列の仕入)=移出財経費

所得額=売上高-仕入高
損益=売上高-支払高

純消費=∑(行の純消費)=支払高-仕入高
最終財=∑(列の純消費)=売上高-卸売高
移入財=∑(行の外部からの仕入れ)
移出財=∑(列の外部からの仕入れ)

純移出移出財移入財卸売高仕入高
生産額=最終財純移出
支出額=純消費+損益

(純移出)=0(財貨的ゼロサムゲーム)
∑(損益)=0(貨幣的ゼロサムゲーム)

支払高=∑売上高
∑(卸売高)=∑(仕入高)
∑(移入財)=∑(移出財)=仕入高-経費

所得額=純支出=純生産(単位経済の三面等価原理)

総消費=∑(純消費)=∑(最終財)
総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)=∑(生産額)

総生産=総所得=総支出=総消費(総体経済の四面等価原理)

※現行のマトリックス計算では,純移出には仕入れ=中間財の移出入しか含まれていません.つまり,最終消費財の輸出入はこの計算からは除外されています.これを移出入に算入するために,純消費=消費財(最終消費財の購入)-最終財(最終消費財の販売)というパラメータを追加してみます(セル中の最終消費を意味する「純消費」とは異なるものです).∑消費財=∑最終財なので,∑純消費=0となります.これを使うと,損益=純移出+純消費となるので,仮に,純輸出=純移出+純消費とすれば,

∑損益=∑純輸出=0

が成立するため,財貨的ゼロサムゲームと貨幣的ゼロサムゲームの差異が消失し,貿易収支の赤字=損益の赤字という「伝統的解釈」と一致することになるので,確かにこの方が直感的であるような気もします.しかし,生産額と支出額の計数ではいずれ消費財・最終財を算出しなくてはならないので,最終消費・中間消費を区分することは,このマトリックス計算上不可欠であると判断されるため,最終的な結論は保留したいと思います.見通しとしては,「国際収支発展段階説」がヒントになるのではないか?という感触を得ています.

国際収支発展段階説では,国際経済循環が一種のゼロサムゲームであるということを認めた上で,それぞれの国が①未成熟の債務国,②成熟した債務国,③債務返済国,④未成熟の債権国,⑤成熟した債権国,⑥債権取り崩し国の各段階を経由するというものです.この説によれば,ブラジル,アルゼンチン,スペインなどは未成熟の債務国,イギリスや米国などは債権取り崩し国なのだそうです.

※クローサーは,「国際収支がゼロサムゲームであること」に気付いているとは思われるが,この理論を単純に適用すると,「奨学金借りたら人生こうなった」のような悲劇の再現で終わりそうな気もする…

前記したように,わたしはときに各経済主体を擬人化して見ることがあるので,それが幼児期から青年期を経て老年期に至るという説明は合点が行きます.ただし,老年期のあとには「死」しかないということではありません.人間の場合,次の世代を養育するのは親の義務であり,未来に対する投資と考えられますが,同様のことは国家や企業体についても言えるのではないでしょうか?(そのような国家の世代交代のようなものがあるとすれば,おそらくそれは何かしらの「政治変革」を伴うようなものになる可能性はあるかも知れません)

後書き(2022/05/17)上記では,「純消費=消費財(最終消費財の購入)-最終財(最終消費財の販売)というパラメータを追加」することによって,「∑損益=∑純輸出=0」が成立するような「移出入の古典的定義」に回帰することを提案しているが,最終的な結論は保留している.しかし,常識的に考えても,移出入(輸出入)から最終消費が除外されているというのはおかしいと考えられるので,ここでこの問題を再考察しておきたい.移出入から最終消費を除外すると,たとえば,「インバウンド収入」が輸出にカウントされない,あるいは,「地域外の電力会社に支払った電気料が地域の生産物にカウントされてしまう」などの不都合がある.

「移出入から最終消費を除外する」ようになった経緯というのはよくわからないが,それでも計算上は整合し,三面等価原理も成立していることから主に「問題の複雑度を軽減する」という動機から採用された方式であるように思われる.以下では「経済循環マトリックスのルールブック」を大幅改訂した「最終案」と呼べるものを提案したい.最終消費を移出入に算入するために新たにいくつかの用語を定義した.また,語義的な混乱を避けるためいくつかのパラメータを以下のようにリネームしている.①経費→内部経費,②自家消費→新規,③純仕入れ→新規,

経済循環マトリックスと総体経済の四面等価原理

2021/06/30 5:00

生島さん

>お返事できなくすみません。今、AI系の仕事でアップアップなので経済系はお休みしています。

どうぞ,ごゆっくり.経済循環グラフのマトリックス(接続行列)からGDPを簡略に計算するための表を作ってみました.内閣府が公表している「基準国民経済計算の作成方法」とはまったく違うアプローチになりましたが,減価償却など「取引によらない資産・負債の量的移動」は計算するすべがありませんのでやむを得ません.経済循環グラフはノードと枝がそれぞれ一つの値を持っているだけなので,この表を作るためには,個々のトランザクションの内容についてのもう少し詳しい付加的情報が必要です.一つのセルにはセクターAに属するノードからセクターBに属するノードへの複数のトランザクションが合算して詰め込まれますが,マトリックス上のセルC(i, j)は,「i行のセクタ-iからj列のセクターjに通貨が移動する」のようにお読みください.

横軸で集計すると支出合計となり,縦軸で集計すると収入合計になりますから,表全体を縦横で累計すれば総支出と総収入が一致することは間違いありませんが,「国民経済計算」というのは実体経済にのみ関わる計算なのでそれを切り分ける(ヴェルナーの用語で“deaggregate”する)のが,かなり厄介なところです.下表は今のところその「試作段階」というところですが,赤字は国民総生産に関わる項目,青と茶は国民総所得に関わる部分というつもりで作りました.黒の細字の項目はGDP計算[国民経済計算]に関わりのない[金融経済にのみ関わる]数字として計算から除外します.ざっと描いてみただけの段階なので,あちこち間違っているところがあると思います.かなり興味深いものになってきたような気もしておりますので,ご批評頂ければ幸甚です.

公共 企業 金融 家計 支出合計
公共 貸付,返済
補助金,
利子補給
交付金
資産購入,
借入利息
補助金
インフラ,資本財
消費支出
資産購入,
借入利息
返済
公債償還
資産購入,
借入利息
人件費
給付金
資産購入,
借入利息
歳出
財政支出
公務員給与
企業 租税
資産購入,
地代家賃
仕入れ・外注費,運賃
資本財,消費支出
資産購入,
借入利息
貯蓄,返済
資産購入,
借入利息
人件費
資産購入,
借入利息

貸付,返済
企業支出
営業費用
事業所得
民間人給与
金融 租税,公債購入
貸付,返済
資産購入,
借入利息
貸付,預金引出
資本財,消費支出
資産購入,
借入利息
貸付,返済
資産購入,
借入利息
人件費
貸付,
預金引出
資産購入,
借入利息
金融支出
営業費用
銀行員給与
家計 租税
保険料,手数料
水道料金,
通行料
資産購入,
借入利息
住宅購入,
消費支出

資産購入,
借入利息
貸付,返済
貯蓄,返済
資産購入,
借入利息
人件費
資産購入,
借入利息
家計支出
生活費用
使用人給与
収入合計 歳入
公租公課
払い下げ
企業収入
純消費額
企業収益
金融収入
企業収益
家計収入
企業収益
個人所得
通貨循環量
国民総生産
事業所得

国民総生産国民総所得=国民総支出
国民総所得個人所得事業所得
国民総支出純消費額財政支出営業費用生活費用

  • 輸出入に関わる外部取引はすべて無視するものとする
  • 耐久消費財・資本財は買い切りとし,減価償却は行わない
  • 在庫計算・廃棄物計算は行わない
  • 自社開発ソフト・社内の研究開発などによる産出成果は無視される
  • 取引によらない資産・負債の生成・移動・消滅はすべて無視される

公共:政府・地方政府・公的企業

企業:法人・団体(医療,政治,宗教,その他任意の民間非営利団体を含む)・自営業者・フリーランサーの営業活動

人件費:賃金・役員報酬・自営業所得・パートタイマー・専門職その他,役務に関わるすべての個人報酬

消費支出:消費財(食料・エネルギー・通信・教育・衣料・娯楽・医療),耐久消費財,サービスの購入

耐久消費財:電気製品・家具・自動車・自転車

インフラ:道路・鉄道・上下水道・発電所・電力網・通信網・港湾・空港・灌漑・治水

資本財:工場・機械(ロボットを含む)・設備・船舶・航空機・建物などの新規築造 / 取得

資産購入:転売:土地・資本財・有価証券(金融資産)→財産所得:地代・家賃・金利・配当

借入利息:資産の賃借料など(地代・家賃・金利・配当)

この表が完全に仕上がったら,もう少し詳しい説明を付けたいと思います.それができれば,ダグラスの等式も改めて再検証できるのではないかと思っているのですが…

2021/07/01 4:22

生島さん,下田さん

少し整理してみました.多少分り易くなったのではないかと思います.

国民経済マトリックス

国民総生産国民総所得=国民総支出
国民総所得個人所得事業所得
国民総支出純消費支出財政支出営業費用生活費用

  • 公共:政府・地方政府(地方自治体)・公的企業(独立行政法人など)
  • 企業:法人・各種団体(医療,政治,宗教,その他任意の民間非営利団体を含む)・個人事業主など何らかの生産・サービス活動を行うすべての経済主体 個人事業主は企業部門と家計部門の両面に出現する
  • 人件費:賃金・役員報酬・自営業所得・パートタイマー・専門職その他,役務に関わるすべての個人報酬
  • 消費支出:消費財(食料・エネルギー・通信・教育・衣料・娯楽・医療,その他),耐久消費財,サービスの購入
  • 耐久消費財:電気製品・家具・自動車・自転車など比較的耐用年数の長い商品
  • 資本財(固定資本財):工場・機械(ロボットを含む)・設備・車両・船舶・航空機・建物など耐久性があり,生産活動に用いて将来の収益を生み出す資本となるもの 
  • 基盤投資:道路・鉄道・上下水道・発電所・電力網・通信網・港湾・空港・灌漑・治水などの大規模公共建造物(インフラストラクチャ)の築造・整備
  • 資本投資:将来の生産活動のために必要とされる資本財(生産設備)の購入
  • 融資返済:融資(ローン)は現金の貸付であり,返済にはローン元本の返済と金融債権(額面のみ)の償還が含まれる(金利・配当は別途,資産配当として計上する)
  • 資産投資(資産・債権の購入):投資を目的とする不動産・金融資産(株式,有価証券)の購入,資産配当(財産所得)の源泉となる 不動産は第三者に貸し付けることによって初めて配当を生じるが,金融資産はそれ自体が有利子債権である 資産の再貸付(又貸し)ないしその資産を担保とする融資なども行われる 投資の目的が配当を得ることよりも資産の価格変動による売買差益を狙う場合には投機と呼ばれる 金融債権の償還は返済に含まれる
  • 資産配当:融資債権,金融資産などの資産保有者の得る財産所得(地代・家賃・金利・配当)金融資産はすべての部門の任意の当事者間で取引可能であり,蓄蔵性を併せ持つので,流通速度の遅い通貨の一種とみなされる  

国民経済計算との相違点

  1. 対象領域は閉じた経済循環系であるとする.従って圏外の外部取引(輸出入など)はすべて無視される.
  2. 経済循環グラフのノードは独立の経済主体であり,ノードをつなぐ枝は1個の取引を表示する.グラフの枝リストとしてブロックチェーンを持ち,枝(トランザクション)に相当するブロックにはリアルな取引情報が記載される.
  3. 内閣府の国民経済計算では1年を四半期に分けて,2期遅れくらいで各省庁が収集・整理した各種の産別統計を突き合わせながら推計値の計算を行っているが,本試算表では国民経済の時点表示である経済循環グラフの接続行列表現(マトリックス)を用いるので任意の時点でリアルタイムに計算を完了することができる.
  4. 計算はブロックチェーン上のトランザクション情報のみを参照する.従って,「取引」によらない資産・負債の生成・移動・消滅はすべて無視される.つまり,①耐久消費財・資本財はすべて買い切りとし,取引に対応しない減価償却計算などは行わない.②流動資本財(原材料,仕掛品,製品在庫)は計数しない.原材料は購入時点で全量消費されたものとみなす.③取引実績のない資産は計量できないので研究開発費などの資産評価は行わない.
  5. 国民経済計算では国民経済を①非金融法人企業,②金融機関,③一般政府,④家計,⑤対家計民間非営利団体の5部門に分割している.本試算表では⑤を①と合併して「企業」とし,①公共,②企業,③金融,④民間の四部門に分割した.民間非営利団体(政府は公的非営利団体である)は一般企業と同様に財貨・サービスを生産・販売し,役員報酬や従業員給与の支払い,外注など外部主体との取引その他あらゆる点で,一般事業者との相違を見出すことは難しい.異なるところは(規模・目的・税制などは別として)事業収益を配当として分配するか否かの点だけと考えられるが,一般事業者でも無配どころか赤字経営というところはいくらでもあり,特に分離する意味はない.
  6. 以前に投稿した「日銀マネー循環図」では①政府,②日銀,③銀行,④国民という4部門に分割していたが,今回の試算表では「国民」を「企業」と「家計」に分割し,「銀行」を「金融」にリネームしている.「日銀マネー循環図」の「日銀」はこのマトリックスのどこにも出現しない.これは国民経済循環グラフ,つまり経済循環システムそれ自体が中央銀行システムであり,システムの全体であるために見えなくなっているものと理解される.
  7. なお,この経済循環システムでは,すべての経済主体は中央銀行に直接当座預金口座を持ち,現金(硬貨・紙幣)はすでに廃止されていることを仮定している.また,中央銀行は「近未来的貨幣中立論」の立場から経済循環系の中の参加メンバーとして振る舞うことを想定していない.

国民経済試算表の考え方

  1. 三面等価原理により,①国民総生産,②国民総所得,③国民総支出の三面が一致しなくてはならない.このうち,国民総生産は期間内に生産された財貨をカウントすればよいので,比較的簡単に計算できると考えた.国民経済を上記のような方針で部門分割しているので,すべての財貨は企業部門でのみ生産されるとしてよい.従って,企業部門で販売された最終消費財の総計が国民総生産に相当すると言える.→上の表の赤色枠で囲まれたブロック.
  2. 赤色枠の中の赤太数値の合計が純消費支出であり,それを部門ごとに集計したものが,財政支出営業費用生活費用であるから,国民総支出純消費支出財政支出営業費用生活費用となることは明らかである.
  3. 試算表の計算では企業部門で販売価格に転化されない自家消費分は消費支出として純消費支出に算入する.また,仕入れ,外注費,運賃は販売価格(消費支出)に転化される(含まれる)ものとして計算から除外する.
  4. 他の3部門(公共,金融,家計)における経済活動は主として「サービス」のカテゴリに入るものと考えられるが,そのうち家計部門の活動は主として「労働(知的生産活動を含む)」であり,これらの生産量は最終消費財の価格の中に含まれる.金融部門のサービスの貨幣価値は経済システム全体の規模と比較して相対的に十分小さいと考えられるのでゼロで近似しても大きな誤差は発生しない.
  5. 政府部門のサービスの規模は国民経済のかなりの割合を占めると考えられるが,分節するとそのほとんどすべては企業部門が生産する財貨に含まれている.政府部門の提供する公的サービスは(一部受益者負担はあるとしても)原則として「無料」であることが仮定されていると考えられるので国民総生産にはカウントしない.
  6. 国民経済は大きく分けて実体経済と金融経済に二分される.通貨の純粋な移動は基本的に金融経済的な活動とみなされる.融資,返済,資産投資,資産配当,貯蓄と預金引出し,公債の発行と償還などがそれに該当する.これらはすべて国民経済試算の対象外とする.
  7. 国民総所得の等式の右辺の「個人所得」は青色枠で囲まれた家計部門収入のうち,各部門で支出された「人件費」の総額と見てよいはずだ.
  8. 問題は「事業所得」をどうやって計算するか?という点にある.企業部門の支出合計を企業支出,収入合計を企業収入とすれば,事業所得=企業収入-企業支出となるはずだが,この計算は実物計算と金融経済の混合計算になってしまうため検証が難しい.そこで,企業部門の全支出のうち,金融経済に関わる部分だけが事業所得と推定されるという仮説を立てた.これは他部門に通貨を移転するためにはそれだけの所得がなければ実行不能と考えられるからである.→茶色枠で囲まれたブロック.所得を計算するのに支出から推定するというのはやや逆説的だが,おそらくこれしか方法がないのではないか?
  9. 青色枠の合計を個人所得茶色枠の合計を事業所得とすると国民総所得個人所得事業所得となる.問題はこの2つ,国民総所得国民総支出が一致するか否か?という点にある.もし,この計算が一致すれば,ダグラスのA+B理論は否定されることになる.ダグラスは事業所得の一部は必ず貯蓄に回るはずであり,もしそうであるとすれば純消費支出C個人所得A)+事業所得Bであり,等式を修正して純消費支出=国民総支出=個人所得+国民配当+事業所得としなくてはならないと主張している.
  10. この試算表の構成が正しいとすれば,国民総所得個人所得事業所得となるのはマトリックスの構成から見てもかなり特殊な場合に限られる.むしろ,逆にこの等式が成立する条件を見つける方が早いかもしれない.
  11. 公共部門支出にはこの他にも補助金交付金給付金などの項目がある.給付金はダグラスの国民配当に該当すると考えられるが,これらは基本的に「所得の再分配」なので,国民総生産には算入しない.(もちろん給付金の支給が国民総生産にまったく影響しないと主張するものではない.適切な所得再配分は経済成長に寄与するだろう.
  12. 家計の支出項目にベビーシッタなど家庭内の家事などのために雇った使用人に対する報酬を人件費として計上してみたが,この金額を国民総所得に算入することに関しては疑問がある.もし,これが正しいとすると専業主婦の家事労働に給与を支給することで国民総所得が増加することになってしまう.ベビーシッタの雇用を事業とみなして企業会計で処理することにしても実情は変わらない.しかし,使用人への報酬が所得計算から外されるというのもおかしい.どうすればよいか?→ベビーシッタの雇用は営利を目的とするものではないが,やはり,企業会計で扱うしかない.企業会計なら損金処理されるのでたとえば,その分貯蓄が減少するなどの形で帳尻が合う.

政府のGDP統計には「対家計民間非営利団体」というのが独立の部門として入っていますが,むしろ,「不労所得者・ギャンブラー」,「横たわり族」,「超富裕層・財団法人」などの部門を設けてその動態を分析した方が興味のある結果を得られるかもしれません.このマトリックスに「外国」という部門を設ければ一応輸出入などを扱うこともできますが,為替の問題などが発生するのでその前に複数の経済循環系が含まれる複合系(開かれた経済循環系)の経済循環グラフを描く必要があります.今回そこまで手を広げられるかどうかは,ちょっと分かりません…

「公共サービスは基本的に無料」という原則(多少の手数料は徴収される)があると思いますが,確かに「無料サービスの領域」というのはかなりの速度で拡大しているようにも感じられます.そこまでゆくとマクロ経済学は環境経済学と地続きになります.無料サービスは構成的に国民総生産に貢献しないというのも多少疑問はありますが,無料サービスに値付けをするとなると宗教の領域に入ってゆくことになるかもしれません… 政府部門に属する経済活動には「現業部門」というのがあり,これが国民総生産に入っていないのは手抜きです.健康保険料,手数料,水道料金,通行料などに対応する事業がそれに該当します.これらを取り除くと上のマトリックスは「現業部門の完全民営化」に等しい状態になりますが,むしろ方向としては,民営化ではなく無料化というのが正しいのではないでしょうか?(完全無料化には弊害もありますが,救急車が有料化されたら119番をコールするのにためらう人も出てくるでしょう)金融部門収入のセルにもピンクで着色された手数料がありますが,これも無料化するべきでしょう.

「環境」が万人を包摂する「無料サービス」であるとして,その「価値」をどのように計量・評価するか?という視点から見ると,「宗教は無料サービスの価値に関する経済学」であるとみなすことも可能である.言ってみれば,宗教は「公共経済学 / 政策」の一種である.ネオリベラリストが推進するあらゆる公共サービスの民営化というアィディアをどう評価すべきか?⇒参照:パートⅢ

かなりまとまって来たように思いますが,まだ間違っているところがあるかもしれません.お気づきの点,ご不明の点などありましたらお知らせください.このテーブルを実体経済マトリックスと呼ぶとすれば,その裏面の金融経済マトリックスというのも存在しなくてはなりません.それがどういうものになるのか?ちょっと見当も付きません.完全に「双対」なものになればおもしろいのですが…

馬場英治

2021/07/01 12:59

訂正:前便の記述にはほぼデタラメに近い致命的な誤りがあります.再考には相応の時間を要する見込みです.しばらくの冷却期間をお許しくださいますようお願い申し上げます.英治

2021/07/02 4:41

生島さん,下田さんE

どうもお騒がせしました.お手数ながら前便は速攻で破棄してください.あまりひどいので,どこが間違っていたのかの説明は致しません.さて,気を取り直してもう一度最初からやり直すことにしましょう.

目標はブロックチェーンを枝リストとして持つ経済循環グラフの接続行列を使ってある期間のGDPを求めるというものです.ブロックチェーンには該期間内のすべての取引情報がリストとして保持されているとします.ブロックチェーンのブロック一つがグラフの枝に相当し,ブロックには少なくとも以下の情報が記録されています,①取引種別,②債務者,③債権者,④債務額.取引種別では少なくとも,その取引の目的が「仕入れ」であるのか,「最終消費」であるのかが識別できる必要がありますが,それ以上の詳細情報は今のところ必要ではありません.売買取引の場合,物品がすでに引き渡されていると仮定すれば,債務者は物品の受取人,債権者は送出人,物品の価格が債務額になります.

使用する経済循環グラフはこれまでと同様ですが,以下のような拡張を行います.グラフのノードと枝の重みとして「純消費」と「仕入れ」という項目を追加します.移動量はこれらの欄のいずれかに直接書き込みます.たとえば,その取引が原材料や中間財,ないし最終財の「仕入れ」に当たるときには「仕入れ」に金額を格納し,「純消費」にゼロを記入します.取引が消費を直接の目的とする場合には,「純消費」に金額を記入し,「仕入れ」をゼロとします.それ以外の場合はどちらもゼロとします.※移動量と取引種別とした方がわかり易かったかも…

グラフのノード数をNとしたとき,グラフの接続行列(隣接行列)はNNのマトリックスとして表現されます.マトリックスの要素(セル)はグラフの枝E(i, j)に対応します.マトリックスのセルには(純消費,仕入れ)の対を格納しますが,枝が存在しないセルは(0, 0)のままとします.枝の向きはV(i)→V(j)なので,マトリックスの行がそのノードからの「支出」を表し,列はそのノードへの「収入」を表しています.マトリックスには集計用に行2つと列を3つ追加します.集計用の行は「売上合計」,「所得合計」,「最終消費」,集計用の列は「支出合計」,「仕入合計」呼ぶことにしましょう.

「売上合計」には,各ノードごとに「純消費+仕入れ」を縦に集計して格納します.「所得合計」には,付加価値=売上合計-仕入合計の値を計算して格納します.「最終消費」には「純消費」だけを加算します.「支出合計」には各ノードごとに「純消費+仕入れ」を横に集計して格納します.「仕入合計」には「仕入れ」だけを加算します.簡単なサンプルを作ってみましょう.

企業A, B, Cとその従業員a, b, cがいるとします.A, B, Cは従業員a, b, cのそれぞれに給与50円を支払って製品の製造・販売を行います.A100円の原材料をBに販売します.Bはそれを加工して200円でCに卸します.Cはこの200円の製品に100円上乗せして販売総額300円とし,A, B, a, b, cのそれぞれに60円で販売しました.Aは従業員a50円支払い,原価50円のところをB100円で売っているので,50円の収益があります.Bは原材料100円を加工するためにbに50円支払い,それに50円上乗せしてCに卸しました.Cは仕入れ価格200円の商品を300円で売っていますが,c50円支払っているので,取り分は50円です.つまり,Acのすべての当事者の所得は50円均一になります.

以下の表では(純消費,仕入れ)の形式ではなく,具体的な取引種別を示して(取引種別,価格)の形式で表示しています.「給与」,「原材料」,「製品」が「仕入れ」に該当し,「販売」が「純消費」に該当します.例えば,セル(B,A)の場合,「A100円分の原材料をBの仕入れ用に販売し,BAに代価100円を送金する」のように読んでください.※やっぱりね!そうなると思った.

A B C a b c 支出合計 仕入合計
A 販売60 給与50 110 50
B 原材料100 販売60 給与50 210 150
C 製品200 給与50 250 250
a 販売60 60
b 販売60 60
c 販売60 60
売上合計 100 200 300 50 50 50 750 全取引量
所得合計 50 50 50 50 50 50 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

付加価値(所得合計)=売上高(売上合計)- 仕入れ(仕入合計)

国民総支出=∑∑純消費(表の赤数字)=∑最終消費=300
国民総所得=∑∑付加価値=∑所得合計=300
国民総生産=国民総支出=国民総所得=300

A, B, Cは先日提示したマトリックスで言えば,企業部門,a, b, cは家計部門に属するので,上の表から部門別のマトリックスに転換してみましょう.難しい操作ではありません.単純に各セルを累計するだけです.まず,行を圧縮すると下図のようになります.

A B C a b c 支出合計 仕入合計
企業 原材料100 製品200 販売120 給与50 給与50 給与50 570 450
家計 販売180 180
売上合計 100 200 300 50 50 50 750 全取引量
所得合計 50 50 50 50 50 50 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

これをもう一度横方向に圧縮します.ここでは本来の(純消費,仕入れ)の形式で表示しています.

企業 家計 支出合計 仕入合計
企業 純消費120,仕入れ300 仕入れ150 570 450
家計 純消費180 180
売上合計 600 150 700 全取引量
所得合計 150 150 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

国民総所得=個人所得+事業所得=150150

となっているので,明らかにダグラスのA+B等式は成立しています.ただし,家計は収入が150に対し,支出が180なので30円の赤字になっています.逆に企業は60057030円の黒字です.どうも,ダグラスの言ってることは本当なのではないでしょうか?下記(3番目の「損益」を追加した表)のように,損益=売上-支出をすべてのノードについて合計すると(∑損益),トータルはゼロになります.つまり,赤字と黒字はつねにバランスしています.ダグラスがこの意味で言っているのだとすれば,ダグラスの完全な誤解ということになるかもしれません.

上の表は部門別になっていますが,これをさらに,企業と家計を合併するとセルは一つだけになり,総計が表示されます.

国民 支出合計 仕入合計
国民 純消費300,仕入れ450 750 450
売上合計 750 750 全取引量
所得合計 300 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

一つ気になる点があります.ループ(自己取引)が存在するときにどうなるか?という問題です.最初のマトリックスに戻って試してみることにしましょう.C→Cの枝を追加して,100円分を自家消費してみます.

A B C a b c 支出
合計
仕入
合計
A 販売60 給与50 110 50
B 原材料100 販売60 給与50 210 150
C 製品200 自家消費100 給与50 350 250
a 販売60 60
b 販売60 60
c 販売60 60
売上合計 100 200 400 50 50 50 850 全取引量
所得合計 50 50 150 50 50 50 400 国民総所得
最終消費 400 400 国民総支出

特におかしなことは起きていないように見えます.国民総支出も総所得も同額増えています.売上も所得も同額だけ増加します.実際のところ,これはまさに「内需拡大」という言葉が意味しているところです.個人(家計部門)の場合はどうでしょうか?

A B C a b c 支出合計 仕入合計 損益
A 販売60 給与50 110 50 -10
B 原材料100 販売60 給与50 210 150 -10
C 製品200 販売100 給与50 350 250 +50
a 販売60 60 -10
b 販売60 60 -10
c 販売60 自家消費30 90 -10
売上合計 100 200 400 50 50 80 850 全取引量
所得合計 50 50 150 50 50 80 430 国民総所得
最終消費 400 30 430 国民総支出

これも問題ありません.国民総所得も増えています.つまり,GDPは拡大しています.損益を計算してみました→上表の最右列.Cを除いてすべてのノードが赤字になっています.ただし,これは当たり前のことですね.売上合計=支出合計なのだから,トータルでは必ずゼロになります.つまり,誰かの赤字は誰かの黒字ということでしょう.しかし,誰かが必ず赤字になるとしたら,その経済では年がら年中デフォルトが発生しそうな気がするのですが,そうならないのはなぜでしょう?わたしは前々から,貿易赤字国はなぜ存続できるのか?という疑問を抱いてきました…(まだ解けていません)所得=売上総利益=粗利=売上高-売上原価はどのノードも黒字になっています.

自家消費ではなく,給与を支払ったらどうなるでしょう?

A B C a b c 支出合計 仕入
合計
損益
A 販売60 給与50 110 50 -10
B 原材料100 販売60 給与50 210 150 -10
C 製品200 販売100 給与50 350 250 +50
a 販売60 60 -10
b 販売60 60 -10
c 販売60 家内報酬30 90 30 -10
売上合計 100 200 400 50 50 80 850 全取引量
所得合計 50 50 150 50 50 50 400 国民総所得
最終消費 400 400 国民総支出

c→cの自己ループとして,家内報酬30というのを追加してみました.売上が+30,仕入も+30で所得には変化がありません.この設定は「専業主婦に家庭内報酬を出す」という課題と等価ですが,売上は増えても所得は変化しないので,生活には何の変化もないということになります.逆に言えば「名目的には」いくらでも「報酬」が出せるということを意味します.ただし,(家計全体で)買えるものの量は変わりません.上の自家消費と比較して異なるところは,「家内報酬」では何も買えない,「自家消費」の場合は自家生産したものが消費できる,つまりGDPが拡大するという点です.

必要なら,部門をもっと細分化して集計することも容易に可能です.たとえば,鉱工業,水産業,製造業など産業別統計を計算するとか…あるいは,地域別統計を取るなどいくらでも応用が効きます.この経済循環マトリックス計算の利点は,対象ノードの属性に関わりなく例外なしに,まったく同じルールが適用できるところです.政府,金融機関から,利益を出さない非営利団体を含めて末端の一個人まで,経済主体の大小に関わりなく一律,統一的な操作で計算することができます.ただし,内閣府の国民経済計算でやっているような,「非市場生産者(無料ないし経済的に意味のない価格で財貨・サービスを供給する生産者であり、一般政府と対家計民間非営利団体を指す)によるサービスの産出と需要先別配分については、決算書等の基礎統計により別途推計する」ようなことはできません.

いや,やろうと思えばできないこともないとは思いますが,それをやると数値的な不整合があちこちで発生するおそれがあるのであまり推奨できません.この方式のメリットはどれほど大規模な循環経済系であっても1円の誤差もない精密計算がどこまでも可能であるというところにあるので,あえてそのメリットを捨てる必要はないと思います(実際,これは「中央銀行決済システム」の設計書ですから,現実の取引と「完全」に一致している必要があります).このアルゴリズムの計算量はたかだか多項式時間ですから(アルゴリズムをきっちり書いてみないと分かりませんが,O(N^3)を超えることはないでしょう),エストニアくらいの国家の規模なら,リアルタイム(毎分?)でGDP統計を更新できるのではないでしょうか?少なくとも毎時くらいなら楽勝ですね!

2021/07/06 5:10

生島さん,下田さん

どこでどう間違えたのか?シズカちゃんの素朴な疑問に応えるというところから始まったスレッドですが,いつの間にか,中央銀行が分散型CBDCを発行し,すべての国民が中央銀行に当座預金口座を持つというモデル上で,経済循環グラフのマトリックスを用いて国民総生産をリアルタイムで計算するというシステムの概念設計を行うという流れになってしまいました.ここまでの議論の最大の収穫は「真に持続可能な経済社会とはグラフ理論的にはオイラー有向閉路を持つような経済循環グラフであり,絶対に停止(デフォルト)しない決済システムがあればそれを実現できる」という確証を得られたことです.

この構想は比較的小規模の国家であれば,今日にでも実現可能ですが,人口一億人を超えるような「大国」で採用するためには量子コンピュータの登場を待たなくてはならないかも知れません.(計算量が参加ノード数Nの累乗に比例して増大してしまう…)

経済循環グラフはある閉じた経済圏のすべての経済単位(独立の経済主体,ないしその集合)をノード集合とし,時点における取引を枝集合とする有向グラフで,それ自体がその経済圏で通用する貨幣(ないし疑似通貨)を用いた取引の「決済システム」を表現しています.決済システムでは「時点」におけるすべての取引の決済が完了すると,待ち行列に入っていたすべての取引からなる新しいグラフを生成して,次のセッション(時点決済)に移ります.(もちろん,トランザクションを一つづつ逐次処理してゆくという方法[即時決済]でも差し支えありません)グラフのノード(経済単位)は主体的に経済活動を行う取引主体(個人・法人・銀行・政府など)ですが,独立経済主体の集合(産業部門,地域,国家など)をノードとすることもできます.

経済循環グラフの接続行列は経済循環マトリックスと呼ばれ,国民総生産統計を求めるなどの統計処理に用いることができます.通常経済循環マトリックスにはある一定期間におけるすべての時点マトリックスデータを蓄積・圧縮(時間軸で合併)したものが使われます.経済循環マトリックスの圧縮とは同一ノード集合を持つ複数の(同型の)経済循環マトリックス上で同一座標にあるすべてのセルの取引データを加算して1個のマトリックスにまとめる操作です.圧縮された経済循環マトリックスを略して計算表ないし試算表,その上で実施される(国民総生産などの)統計処理を経済循環マトリックス計算と呼んでいます.

ある経済循環マトリックスの縮約とは経済循環グラフ上の複数のノードを空間軸で合併して1つのノードにまとめる操作です.ノードAとノードBを合併してノードCとする場合には,まず,A列のセルの値とB列のセルの値を取引種別ごとに合算してC列を生成してから,A列とB列をマトリックスから除去します.次にA行のセルの値とB行のセルの値を取引種別(仕入れ|純消費)ごとに合算してC行を生成してから,A行とB行をマトリックスから除去します.合算は取引種別ごとに行われるので,一つのセルの中に複数の値が残る場合があります.合併によって外部取引が内部取引になる場合もありますが,それによる取引種別の変化は起こりません.つねに横方向の合併と縦方向の合併を同時に実行し,正方行列を構成するようにします.

マトリックスの圧縮ないし縮約の操作を対応する循環グラフ上で行うこともできます.この場合はまず,対応するノードを合併し,次に,この操作によって発生した(向きの同じ)多重枝を合併して1本にまとめます.圧縮ないし縮約では自己ループが発生する場合がありますが,基本的に経済循環グラフは自己ループと多重枝の存在を許すグラフであり,圧縮ないし縮約をしなくても最初から自己ループや多重枝が存在する場合があります.自己ループは同一経済単位内の内部取引(自己取引)を意味し,2つの経済単位の間で同時に複数の(同方向の)取引が並行して発生している場合には多重枝が発生します.自己ループはマトリックスの対角線上にあるセルを意味します.多重枝の場合,マトリックスのセルには複数の値が格納されます.

前回はこの方法を使って,企業A, B, Cと個人a, b, c6つの経済単位から構成される経済循環マトリックスを,企業セクタと家計セクタの2経済単位からなるマトリックスに縮約できることを見てきました.これを応用して,経済循環マトリックス計算が一国経済だけでなく,多国間の貿易を伴う大域経済圏においても適用可能であることを見ておきたいと思います.最初に前便の冒頭で提示した企業A, B, Cとその従業員a, b, cからなるサンプルを開始地点として再掲します.企業A, B, Cはそれぞれの従業員a, b, cに給与50円を支払い,BAから供給された原材料100円を加工して,製品をC200円で売却し,Cはそれを分割してA, B, a, b, cのそれぞれに60円(総額300円)で売却します.各当事者の売上は50300円とまちまちですが,所得はすべて50円均一です.

A B C a b c 支出
合計
仕入合計
A 販売60 給与50 110 50
B 原材料100 販売60 給与50 210 150
C 製品200 給与50 250 250
a 販売60 60
b 販売60 60
c 販売60 60
売上合計 100 200 300 50 50 50 750 全取引量
所得合計 50 50 50 50 50 50 300 国民総所得
最終消費 300 300 国民総支出

まず,このサンプルの(A, a),(B, b),(C, c)という(企業,従業員)のペアをそれぞれ,A村,B町,C市に見立てた地域経済モデルを作ってみましょう.A村,B町,C市で構成される経済圏をD県として,県単位の経済循環マトリックスを構成します.A村で生産された野菜は,B町で加工され,C市の販売業者によって,D県全体をマーケットとして広域販売され,最終消費されるというイメージです.

A B C 支出合計 仕入合計 損益
A 給与50 販売120 170 50 -20
B 原材料100  給与50 販売120  270 150 -20
C 製品200  販売60
給与50
310 250 +40
売上合計 150 250 350 750 総経費450
所得合計 100 100 100 300 県民総所得
最終消費 300 300 県民総支出

結構簡単にできました.マトリックスには損益という列を追加しています.損益=売上合計-支出合計で,∑損益はつねにゼロになります.損益はいまのところ設定しただけで使っていません.それぞれの市町村は独立の経済単位として相互に取引していますから,これを外国取引まで拡張するのは難しくありません.A村をA国,B町をB国,C市をC国と読み替えてみましょう.A国は英国で,B国が米国ならC国はチャイナかもしれません.経済循環系グラフはそれ自体「決済システム」を表象しているので,系が国家単位であるときには,システム全体は中央銀行を表します(政府はその中の一プレーヤであるに過ぎません).国境を超えた大域経済圏には複数の中央銀行が存在し,異なる通貨が流通していますが,為替レートは安定で,通貨の等価交換がつねに可能であることを前提とし,各国中央銀行システムを統合した仮想的な統一決済システムの存在を仮定します.

A B C 支出合計 仕入合計 消費合計 輸入 損益
A 人件費50 消費輸出120 170 50 120 -20
B 中間財輸出100  人件費50 消費輸出120 270 150 120 100 -20
C 中間財輸出200  国内消費60
給与50
310 250 0 200 +40
売上合計 150 250 350 750 470
所得合計 100 100 100 300 総所得
最終消費 300 総支出→ 300
輸出 100 200 300
純輸出 100 100 -200 0
純生産 100 100 100 300 総生産

数字的にはまったく変化はありませんが,集計用にいくつかの列と行を追加しました.いずれも輸出入に関係するものです.「輸入」はその行の国家の外部からの「純消費」を除く輸入の合計,「輸出」はその列の国家の「純消費」を除く輸出の合計,「純輸出」は「輸出」と「輸入」の差額とし,純生産は以下の式のように,「最終消費」と「純輸出」の和として与えられます.

純生産=最終消費+輸出-輸入=最終消費+純輸出

C国には消費輸出120というのが2件ありますが,これらは輸出入には勘定されません.これはアマゾンなどの大域企業(グローバル企業)が行っている海外に居住する消費者への直接販売を意味しています.通常のケースでは最終消費財の輸出では輸入国側の販売業者を経由して国内販売することになるので,そのようなパターンでどうなるかを見ることにします.上の表をアレンジしてC→Bの輸出は「消費輸出」のままとし,C→Aの輸出では財貨を中間財(仕入れ/卸し)として輸出して,A国内で販売するというパターンにしてみます.

A B C 支出合計 仕入合計 消費合計 輸入 損益
A 人件費50
財貨消費120
財貨輸出120 290 170 120 120 -20
B 中間財輸出100  人件費50 消費輸出120 270 150 120 100 -20
C 中間財輸出200  国内消費60
給与50
310 250 60 200 +40
売上合計 270 250 350 870 570
所得合計 100 100 100 300 総所得
最終消費 120 180 総消費→ 300
輸出 100 200 120 420
純輸出 -20 100 -80 0
純生産 100 100 100 300 総生産

A国では(マージンを取らず)輸入額と同じ金額で販売しているので,A国の所得合計には変化がありません.表の対角線上にあるA国の自己取引セル内に追加された財貨消費120を取り除くと,A国ではC国から輸入した財貨が売れ残っている状態になるため,売上と所得がその分減少し,大域的な総消費=総所得=総生産もその分連動して減少します.経済循環マトリックスでは最終消費された製品・サービスのみが純生産としてカウントされる(価格が付いていない商品,つまりまだ売れていないものはその時点では無価値とみなされる)ためです.

外国貿易を扱うために,「輸入」,「輸出」などの項目を追加しましたが,これを国内経済計算に応用することはできないでしょうか?上の表では,経済単位が国家なので,「所得合計」は「国民総所得」に相当し,「純生産」は「国民総生産」を表すものと見ることができます.「純生産」の値を得るためには,「純輸出」を計算しなくてはなりませんが,国内経済でも外部取引を移出・移入と捉えれば,翻案できるのではないかと思います.それができれば,国内経済についても,もう少し詳しい議論が可能になる上,国内経済と外部経済を一つの計算表上で完全に同じレベルで解析できるようになります.

該サンプルをアレンジして,企業A, Bと従業員a, bから構成される経済圏をX国,企業Cと従業員cからなるY国に分割してみましょう.Y国は1国を経済単位とし,X国ではすべての構成メンバーがそれぞれ独立の経済主体であるようなモデルを考えます.Y国にはアマゾンのようなグローバル企業が存在し,世界中に商品を直販しています.ただし,A社は外販を目的としてY国から輸入していますが,「時点」では販売実績がないため「在庫」の状態になっています.B社ではそれを外販せず,Y国から輸入した製品の全額を社内消費して内販60とします.aとbは個人なので最終消費の目的でY国から直接購入します.やってみましょう.

A B a b Y 出金額 仕入高 移入財 消費額 損益 総支出
A 給与50 製品輸出60 110 110 110 -10 -10
B 原材料100 内販60 給与50 製品輸出60 270 210 210 60 -10 50
a 消費輸出 60 60 60 -10 50
b 消費輸出 60 60 60 -10 50
Y 輸出200 国内販売 60
給与50
310 250 200 60 40 100
入金額 100 260 50 50 350 810 570 0
総所得 -10 50 50 50 100 240
移出財 100 200 50 50 120 520
純消費 60 180 240
純移出 -10 -10 50 50 -80 0
総生産 -10 50 50 50 100 240

できました.このマトリックスは外国貿易を伴う外部経済と内国経済が混合した広域循環マトリックスですが,完全に汎用的な(ありとあらゆるケースに適応可能な)循環マトリックス計算が確立できたと思います.内容的には一番最初に提示した33雇用者のマトリックスと「ほぼ」同じですが,A社ではY国から製品輸入した商品をまだ販売していないため,総所得が-10という赤字の状態になっています.

すべての財貨・サービスの売買取引は経費(仕入れ)純消費(最終消費)に二分されます.これらの区分はその取引が国外(輸出入)であるか国内(移出入)であるかによりません.自己取引(経済単位内の内部経済)の場合でも同じです.つまり,その経済単位がどのような規模のものであっても例外なく同一のルール・手順によって計算されます.海外への報酬支払い(送金)はサービスの輸入,国内における出稼ぎもサービスの移出としてまったく同じ扱い(移出/入財)になります.海外からの観光客の現地での買い物は消費移出財です.

上の三国経済循環マトリックスの輸入,輸出,純輸出,純生産となっていた項目をそれぞれ,移入財,移出財,純移出,総生産に改め,新たに消費額,損益,総支出という項目を追加しました.また,一行を短くするために,売上合計,所得合計,最終消費,支出合計,仕入合計,消費合計をそれぞれ,入金額,総所得,純消費,出金額,仕入高,消費額のようにリネームしました.

集計行と集計列の各項目は以下のように定義されます.

出金額=∑(行の全要素)
入金額=∑(列の全要素)
仕入高=∑(行の仕入れ)=(内部経費)+移入財

損益=入金額-出金額
総所得=入金額-仕入高

移入財=∑(行の外部からの仕入れ)
移出財=∑(列の外部からの仕入れ)

消費額=∑(行の純消費)
純消費=∑(列の純消費)

総支出=消費額+損益
純移出=移出財-移入財
総生産=純消費+純移出

(入金額)=∑(出金額)
(損益)=0
(純消費)=∑(消費額)=∑(純生産)
(移入財)=∑(移出財)
(純移出)=0

∑(総所得)=∑(総支出)=∑(総生産)=∑(消費額)=∑(純消費)
  = 全所得 = 全支出 = 全生産 = 全消費

今回は個別経済単位ごとに,総所得,総支出,総生産を計算し,それらが完全に一致していること(三面等価の原理)が確認されました.広域的には,∑総所得,∑総支出,∑総生産,∑消費額,∑純消費がすべて完全一致しています.(上表でで塗りつぶされている部分).個別経済単位に業種・地域などの属性が与えられていれば,それに従ってあらゆる種類の統計(産業別・地域別などなど)がたった一つのブロックチェーン(取引台帳)から導き出せることが確認されました.しかも,それを全自動で実行することができます.取引の品目が分からなくても,また,その製品の生産プロセスに立ち入らなくても,その取引が仕入れ(経費)であるか純消費であるかを見るだけでここまでできるというのはある意味,すごいことであるような気がします.

2021/07/06 13:57

前便でもご説明したように,循環マトリックスの対角線上にあるセルは内部取引(自己取引)を意味します(グラフでは自己ループ).これは主にマトリックスが縮約マトリックスである場合に起きる現象ですが,その(自己)取引が仕入れ(経費)であれ,純消費であれ,適用されるルールには変わりありません.B社は内販によって所得が+50になっているのに対し,A社の所得は-10になっています.B社の社内販売では資金はB社の内部で動いている(出金と同額が入金している)だけで収支には関わりなさそうに見えますが,ABの相違点は,A社で保有している製品在庫はまだ評価されていない(販売されていない)ため,値が付いていないのに対し,B社ではどの部門かがその製品を購入したことによって値が確定し,その製品が「使用できる状態」になったためと言えます.

内部取引については,前にも「専業主婦の家庭内労働賃金は誰が支払うのか?」という「難問」として何度か触れていますが,この場合も,家事労働に(名目上)賃金を支払えば,その家計の所得は増加します.これは「その労働が評価されたこと」を意味するもので,逆に言えばどっちみちお金は動かないのだから,主婦にはいくらお金を払ってもよい,とも言えます(夫と妻が別財布ではそうも言えませんが…).この「労働が評価されたこと」=「所得が増加すること」の意義は,たとえば,子どもに「お小遣いやるから~やって」と頼むようなケースを考えれば分かります.この場合はお金をやらなければその仕事はなされなかったと考えられるので,「お小遣い」によってその金額相当の「労働」が実行され,それが「生産」として評価されたと言えます.もっとわかり易い例で言えば,「最近やってないけど,これでどう…」と言って妻にお金を渡し,それに妻が応じたとすれば,明らかに家庭内売買春という完全な経済行為(貨幣的取引)が成立すると考えられます.サービス残業などは企業内で起きている「無賃の家事労働」かも知れません.

本システムでは「在庫」を価格的に推計するのはかなり難しいような気がします…多分,できません.仕入れ額がどの製品にどれくらいの割合で分配されているかを推計する手段が存在しないからです.もちろん所得がマイナスになれば,販売不振という状況にあるくらいは推定できますが…まぁ,これは「決済システム」ですから,そこまでやる必要もありません.※イクシマさんのデジタルレーニン主義ではそこまでやるのだろうか?AIを使えばそれも可能になる?(少なくとも現状を見る限りではデジタルマオイズムもそこまで成功しているようには見えない…)

B.A.

訂正:用語の使用,特に集計行および集計列で用いられる項目名の見直しを行い,経済循環マトリックスの構成と整合するような名称に統一するための修正を行った.経済循環マトリックス上のセルは1つないし複数の貨幣的取引を表示し,通貨は最左列のノードから最上行のノードに移動するので,「行」は最左ノードの支出,「列」は最上ノードの収入を意味している.純消費→最終財,消費額→純消費とし,総支出,総所得,総生産はそれぞれ,支出額,所得額,生産額に改めた. (2022/05/12)

2021/07/07 4:01

生島さん,下田さん

GDPを算出するための経済循環マトリックス計算の核となる部分はほぼ固まったのではないかと思いますが,もう少し調べてみたいと思います.もっとも興味深いのは,生産額が,

生産額 = 純消費 + 損益 

という式で与えられるという点です.この損益という値は,ある経済単位の収入と支出の差分をあらわすもので,経済循環グラフ的に言えば,グラフの各ノードの重み(持ち分,中央銀行の当座預金残高)の増減を表します.国民経済計算の解説の中ではあまり見かけない数字ですが,これはなぜかというと,ある閉じた経済循環系においては,∑損益は必ずゼロになると考えられるからです.つまり,「損益」の出番がありません.同じ様にトータルでつねにゼロになる数字に純移出(純輸出=輸出高-輸入高)という数字があります.ただし,開いた経済循環系ではむしろゼロにならない方が普通なので,国民経済計算の中ではかなり重要な役どころです.※この等式は,「働かざるもの食うべからず」という命題を数式化したものに他ならない

一部の教科書はこの「損益」の代わりに「貯蓄」という用語を使っている場合があります.家計部門などでは 所得=消費+貯蓄(可処分所得のうち消費しなかった金額),企業部門では貯蓄の代わりに投資という用語を用いて,所得 =消費+投資のように表現されたりします.循環マトリックス上の時点ではまだこれらの資金の処分(貯蓄や投資)は実現されていないので,あくまで損益と見ておいた方がよいと思います.

売上高=∑(列の全要素)=∑中間財の販売+∑最終財の販売
支払高=∑(行の全要素)=∑中間財の仕入れ+∑最終財の購入
純消費=∑(行の純消費)=∑最終財の購入
損益=売上高-支払高=∑中間財の販売+∑最終財の販売
      -∑中間財の仕入れ-∑最終財の購入
支出額=純消費+損益
   =∑最終財の購入+∑中間財の販売+∑最終財の販売
           -∑中間財の仕入れ-∑最終財の購入
   =∑中間財の販売+∑最終財の販売-∑中間財の仕入れ
   =∑最終財の生産額+∑中間財の生産額-∑中間財の仕入れ
   =∑最終財の純生産額+∑中間財の純生産額=生産額

支出額=生産額は確かに成立しているようです.マトリックス上で実際に確認して見ましょう.Y国の場合に注目します.下表では,Y国の支出側(行)に純消費項目が出現するように,A社からY国に燃料60の輸出を追加しました.これにより,Y国の純消費は120,損益は-20に変化して支出額は100になりました.以下の表から数字を拾い出し,上の式に代入してチェックしてみます.

A B a b Y 支払高 仕入高 移入財 純消費 損益 支出額
A 給与50 製品輸出60 110 110 110 50 50
B 原材料100 内販60 給与50 製品輸出60 270 210 210 60 -10 50
a 消費輸出 60 60 60 -10 50
b 消費輸出 60 60 60 -10 50
Y 燃料60 輸出200 国内販売 60
給与50
370 250 200 120 -20 100
売上高 160 260 50 50 350 870 0
卸売高 100 200 50 50 170 570
所得額 50 50 50 50 100 300
移出財 100 200 50 50 120 520
最終財 60 60 180 300
純移出 -10 -10 50 50 -80 0
生産額 50 50 50 50 100 300

売上高=製品輸出60x2+消費輸出60x2+国内販売60+給与50350
支払高=燃料60+輸入200+国内販売60+給与50370
損益=(製品輸出60x2+消費輸出60x2)-(燃料60+輸入200)-20
純消費=燃料60+国内販売60120
支出額=純消費120+損益-20
  =国内販売60+消費輸出60x2+製品輸出60x2-輸入200
  =∑最終財生産額180+∑中間財生産額120-∑中間財仕入れ200
  =∑最終財の純生産額180+∑中間財の純生産額-80
  =生産額100

Y国で販売されたすべての財貨(仕掛りの中間財を含めて)はY国の生産物としてカウントされます.ただし,それらの財貨を生産するために外部から移入ないし輸入した中間生成物のコストを控除しなくてはなりません.上の計算式はこれらのことを抜かりなく実行するための手順書になっています.純消費+損益から生産額が直接算出できるというのはまったくもって直感的ではありませんが,恒等的に成立する(マクロ経済学の原理の一つ)ことが示されました.生産額=支出額の等式は,支払高=移入財+最終財+内部経費,売上高=移出財+純消費+内部経費の関係を使って,もう少しスマートに証明できます.

支払高=移入財+純消費+内部経費
売上高=移出財+最終財+内部経費
損益=売上高-支払高=(移出財+最終財+内部経費)
              -(移入財+純消費+内部経費)
  =移出財-移入財+最終財-純消費
  =純移出+最終財-純消費
支出額=純消費+損益
   =純消費+純移出+最終財-純消費
   =最終財+純移出
   =生産額

さて,気になるのはこのマトリックスに含まれている2つの「ゼロサムゲーム」です.明らかにこのゼロサム式は恒等的に成立します(※⇒上表からも明らかなように「損益」と「純移出」のそれぞれの累和はつねにゼロになる.つまり,参加メンバーの一方がプラスになれば,他方はかならずマイナスになる).「競争社会」とはよく言われますが,まさに生きるか死ぬかの弱肉強食の世界ですね.経済がこんなにシビアなものだとは思いませんでした.平均すれば常時半分くらいの人は損益マイナスの状態にあり,国家の半数あるいはそれ以上の国家が貿易収支の赤字で悩んでいる姿が目に浮かびます.損益マイナスの状態から脱出するのは容易いことではありません.それにしては,破綻して自殺を選ぶ人がそれほど多くはないというのはどういうことでしょうか?※

※⇒個人は収入に合わせてなんとか生計をやりくりしているので,帳簿尻は中小零細企業にしわ寄せされているものと推定される.これは構造的と言うより,むしろ原理的と言うべきものだろう.未開発ないし発展途上国がODAを必要とするのも同じ原理だ.財政赤字国に対するIMF融資が逆にその国の経済を破壊する結果に陥りがちな理由もそこにある.農業国が貧しいのもそれが原因と言えるだろう.すべては経済循環マトリックスがゼロサム・ゲームであるためだ.

この2つのゼロサムゲームは相互に影響し合うことはあり得ますが,かならずしも連動しているものではありません.実際,対外収支(貿易収支)赤字でも損益黒ということはあるし,その逆も真です.わたしの感覚ではどちらがシビアかと言えばやはり損益の方ではないかという気がします.というのは,損益はあからさまな資金ショートを意味しますが,純移出(純輸入)の赤字では資金的には赤字でもそれに見合った財貨を輸入(移入/購買)しているのだから,必ずしも悲観するまでもないのではないかと見ています.※⇒実際のところ,国際収支における最大の「赤字国」はアメリカである.「赤字」に対する「見方」を変える必要があるのかもしれない…

A B a b Y 支払高 仕入高 移入財 純消費 損益 支出額
A 給与60 製品輸出60 120 120 120 40 40
B 原材料100 内販60 給与60 製品輸出60 280 220 220 60 -20 40
a 消費輸出 60 60 60 0 60
b 消費輸出 60 60 60 0 60
Y 燃料60 輸出200 国内販売 60
給与60
380 260 200 120 -20 100
売上高 160 260 60 60 360 900 0
卸売高 100 200 60 60 180 600
所得額 40 40 60 60 100 300
移出財 100 200 60 60 120 540
最終財 60 60 180 300
純移出 -20 -20 60 60 -80 0
生産額 40 40 60 60 100 300

このサンプルは企業3社と個人3人でうち11名はY国という構成になっていますが,すべての家計で赤字になっています.これは給与が50円に対し,消費が60円掛かっているためです.仮に60円というのが労働力再生産のための最小限のコストであるとすれば,そこまで給与を上昇させない限り,この経済は持ちません.そこで,とりあえず,給与を一律10円アップして60円としてみました.個人cはY国の中に入ってしまっているため見えませんが,ともかくすべての家計で損益ゼロという状態を確保することができたと言えます.さて,その尻拭いはどこへ行くのでしょう.個人の損益がすべてゼロないし黒字であるとすれば,そのしわ寄せはすべて企業セクタに回るしかありません.なるほど,少し分かりかけて来ました.

日本全体の企業の99.7%は中小企業であると言われていますが,そのうちの7割が赤字という数字があります.わたしはこれまでどんな企業でも経営努力しさえすれば黒字転換は可能なはず,赤字決算のかなりの部分は脱税のための粉飾ではないかと思っていましたが,どうも,そういうことではなかったようです.総和がゼロのゲームでは,誰かしらが貧乏くじを引くしかありません.もし,この赤字が「変動」であって,平均すればゼロというのならまだよいのですが(「持ち分」のベースラインを一律引き上げて残高がマイナスにならないようにするなどの方策があり得る),大きいところはまず赤字にはなりませんから(もちろんときどきニュースで耳にしますが,大概は脱出できます),小さいところがそのあおりでほぼ恒久的に赤字を出し続けるのは避けられないように思われます.しばしば「時代遅れのビジネスはとっとと市場から退出しろ」という声が聞こえますが,それも違うのではないでしょうか?確かに廃業して賃金労働者になれば最低限食ってゆくことはできるかもしれませんが…

「ウィンウィン」ということばがありますが,原理的にあり得ない話です.これが現実であるとすればどんな手を使ってでも相手を出し抜くしかないということになってしまいます.「金融システム」云々より以前にこの原始的な競争社会を転換する必要があるのではないでしょうか?まぁ,赤字経営を続けていても,それが「常態」であるという悟りを開けば存続可能なのかもしれませんが…日本経済の過半の部分はボランティア経済である,つまり採算の取れないビジネスで何とか回しているとは前々から思っていましたが,確かに日本経済の現状,というより世界経済と言っても同じですが,原理的にそうなるしかないような気がしてきました.クリフォード・ダグラスが説いていたのはおそらくそのことなのだろうと思います.だとすれば,ベーシックインカムはむしろ企業にこそ分配すべきものであるのかもしれませんが,企業にはデット・エクイティ・スワップ(企業の債務を債権者が債権による現物出資をおこない株式化すること,もしくは、債権者が金銭出資をおこない株式を取得し、その出資で債務の弁済を受けること)という奥の手もあります…

日本の中小企業は従来から運転資金を銀行等からの借入のローリング(半永久的な借り換え)で賄う傾向があり、これは中小企業の資本性借入れ(擬似エクイティ融資)として問題視されてきた。銀行等の融資は、満期には完全に返済されることを想定しており、恒常的に必要な資金は、本来は株式で調達する(株主からの出資で賄う)べきである。出典:増田安良(東洋大学)

考えられる最善手は,おそらく「経済循環システムの持ち分の変動を許容範囲内に収めるような仕組み」を構築することではないでしょうか?そのためには富の再配分しかないような気もします…つまり極端に過剰な持ち分を削って平坦化する…もちろん,異常に落ち込んでいるところはその原因を突き止めて対処する必要はありますが…損益を改善するためにはやはり輸出しかありません.当然ですが,内需拡大は[GDPを増加させる効果はありますが]損益[対外収支]にはまったく反映されません.下図ではY国の内需を200まで拡大した上で,Y国からA社への輸出を100に増加させてみました.この結果,これまで+40あったA社の損益が0になり,Y国の損益は+20になりました.輸出が伸びたので純移出のマイナスもその分だけ減少しています.

A B a b Y 支払高 仕入高 移入財 純消費 損益 支出額
A 給与60 製品輸出100 160 160 160 0 0
B 原材料100 内販60 給与60 製品輸出60 280 220 220 60 -20 40
a 消費輸出 60 60 60 0 60
b 消費輸出 60 60 60 0 60
Y 燃料60 輸出200 内需 200
給与60
520 260 200 260 20 280
売上高 160 260 60 60 540 1040 0
卸売高 100 200 60 60 220 640
所得額 0 40 60 60 280 440
移出財 100 200 60 60 160 580
最終財 60 60 320 440
純移出 -60 -20 60 60 -40 0
生産額 0 40 60 60 280 440

PS:多少修正が入っているのでアップデートしました.これは経済循環マトリックス計算のルールブックです.

支払高=∑(行の全要素)=移入財+純消費+内部経費=純消費+仕入高
売上高=∑(列の全要素)=移出財+最終財+内部経費=最終財+卸売高
仕入高=∑(行の仕入れ)移入財+内部経費
卸売高=∑(列の仕入れ)=移出財+内部経費
損益=売上高-支払高
所得額=売上高-仕入高

純消費=∑(行の純消費)=支払高-仕入高
最終財=∑(列の純消費)=売上高-卸売高
移入財=∑(行の外部からの仕入れ)
移出財=∑(列の外部からの仕入れ)

純移出=移出財-移入財
生産額=最終財+純移出
支出額=純消費+損益

(純移出)=0(財貨的ゼロサムゲーム)
(損益)=0(貨幣的ゼロサムゲーム)

支払高=∑売上高
(卸売高)=∑(仕入高)
(移入財)=∑(移出財)

所得額=支出額=生産額(単位経済の三面等価原理)

総消費=∑(純消費)=∑(最終財)
総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)=∑(生産額)

総生産=総所得=総支出=総消費(総体経済の四面等価原理)

2021/07/07 22:23

生島さん

>いよいよGDPになってきて嬉しいと思います。

確かに,このスレッドはある程度まで生島さんのご要望に沿う方向で進めているところがあるというのは事実です(バックキャスティングってやつですね).ただ,そのリクエストのレベルが高過ぎて…なかなか…

>ここはある意味マクロ経済学のキーだと思いますのでありがたいです。

サンプルとして示している計算表は,「スプレッドシート」があれば造作もなく書けるものですが※,この簡単な図表から読み取れることはとても深いものがあります.わたし自身思わぬ発見がいくつもありました.セルの数字をあちこちいじると色々なことがわかってくるのですが,これを自動化したいですね.30年前に「イカロス」という名前の「シミュレーションソフト」を開発したことがあります.そのころは中学校の職業家庭科に「情報基礎」という領域があって,その授業の教材として使うためにBTRON-OS向けに開発されたものですが,非関税障壁だとかなんだとかアメリカから難癖を付けられてBTORON自体が葬り去られてしまったため,陽の目を見ることがありませんでした.もし,これがいま手元にあったら,わたしは何のためらいもなく「経済循環マトリックス計算」をこのソフトの上に乗せていたことでしょう.イカロスにはそのために必要な機能がすでにすべて備わっていました.

経済循環マトリックスの計算表では一つのセルが複数の値を持つ場合があります.スプレッドシートで表現する場合には複数行に分けるしかないかもしれません…

GDPギャップもよく言われているのできちんと見たいと思っています。

えええ,もう次のご注文ですか!ま,待ってください.というか,こういう部分はたとえばイカロスのようなソフトがあればカバーできますよね.イカロスでは「数式入力」もサポートしていたので,「数式」を直接入力してそれを「コード」として動かすことができます.誰か作ってください!

>などとも用語統一というか、オントロジーですね。定義したいところです。

用語の統一は重要なポイントですが,まだ,何がどうなっているのか完全に把握しきれていないので,わたし自身ぐらぐらしています.昨日のメールでは純生産=純消費+損益としましたが,読み直してみると,やはりこれは「純生産」ではなくて「純支出」でした.というか,「純生産」とか「純支出」なんて用語は普通使いませんよね.「純輸出」というのはありますね.「純消費」ということばもどこかで使われていたと思います.用語はできるだけ統一したいと思っているのですが,わたしはグラフ理論を昔の古い教科書で学んでいるので,たとえばグラフの「辺」を「枝」と呼んでみたり,あるいは,「隣接行列」を「接続行列」と呼んでしまったり…グラフの「頂点」もわたしは「ノード」と呼んでいますが,グラフ理論家には嫌われるかもしれません(以前は「点」という呼び方をしていました).ネットワーク理論では「頂点」を「ノード」と呼ぶ方がむしろ普通だと思いますが…この辺りは完全に主観的な「こだわり」の部分なので,できるだけ「世間一般」に通用するように心がけてはいるのですが…

ただ,用語は厳密な定義を与えてから使用するべきですが,そうすると,定義部分のボリュームばかり大きくなって,テキスト全体が過剰に堅苦しいものになり,結果的に読者側に余分な負担を掛けるようになってしまう恐れもあって,まぁ,(いまのところ)アバウトに読み取ってもらえればというつもりで書いています…用語に厳密な定義を与えると間違っているところが見つかったりして,それもまた必要なのですが…

>問題は政府ですが、これが魑魅魍魎の世界です。

デジタル庁などと言っていますが,まず,政府財政をガラス張りにするところから始めないことには…

>山口先生の本でも2章でその関係の話が出てくるので用語整理しておくとありがたいです。

イカロスはインタプリータ言語を内蔵したシミュレータで,数式を含む任意のコードを直接入力し,クロックに同期して擬似的な並列プロセスを実行して,その結果を画面に描画することができます.複数のレイヤー上に矩形・円弧・線分などの各種図形,テキストの他,透過ビットマップも表示できるのでそれぞれのオブジェクトが独立に動作するようなアニメーションも表示できます.システムダイナミックスもかなり高度なことができるようですが,この2つをミックスしたようなものができるとさらにおもしろいかもしれません.

数理研究所でやりませんか?たしか,20年度の予算が4兆円くらい残っていたような…いや,もっとありますね.4兆円というのは新規発行国債の減額分で,それ以外に予算執行不用額が3.9兆円,国債償還や補正予算に充てる純剰余金が4.5兆円もあります!

2021/07/08 0:18

誤:1nYLH)=1nA+a1nKSLH
正:lnYLH)=lnA+alnKSLH

上の式は,生島さんご紹介の「内閣府 付注1-2GDPギャップの推計方法について」に出てくる「コブ・ダグラス型生産関数」を対数変換したものですが,致命的なタイプミスがあります.いや,わたしも最近急速に視力が落ちているので,間違っていたらゴメンナサイ.

2021/07/09 20:30

生島さん,下田さん

前便のタイプミスはわたしが書いたものではありません.内閣府のサイトの「GDPギャップの推計方法について」で見つけたものです.わたしはプログラマなのでこういうのは得意なんですよ.プログラマがコードの中でこんなもの見落としてたら,それこそ生命いくらあっても足りません.些細なミスですが,この1文字の誤記を見ただけでもかなりのことが分かります.①担当部署はこのホームページ作成を外部業者に丸投げしている,②検収をほとんど無検査で通している,③担当者はこの記事が読まれることをほとんど期待していない,④実際,この分野を専門とする研究者でこの記事を閲読したものはほとんどいなかったのだろう,⑤発注価格はおそらく腰を抜かすくらい高額で,直接作業者の日当はおそらく青ざめるくらい安かったものと推定される,⑥当然,作業者はほとんど何も知らない字が読めるというレベルのアルバイトだ,⑦これもまた,どうせ,パソナか,電通がらみ?

>なかなかついていけてません。

済みません.「誤りを含む証明」を読むときの苦痛は身に覚えがあります.確か,ロシアのノーベル賞受賞者がこんなことを言っていました.「わたしは人の論文を読むときは,頭の部分としっぽしか読まない.もし,その命題が正しいとすれば,自分で証明を考えてしまった方が早い」.こんな偉い人でもそうなのですから,まして「整理されてない論」を読むのは,(生島さんのような方であっても)大変なことは重々承知しています.本論で分かりづらいところは多分,「移入財」と「移出財」の定義の辺りではないかと思います.「輸出入」と言ったのでは国家間の国際取引しか扱えないので,あえて「移出入」という用語を用いている点に関してはご理解頂けるものと思いますが,本論で定義された「移入財」,「移出財」は通常の「輸入財」,「輸出財」とは微妙なところで差異があります.ルールブックには以下のようにあります.

移入財=∑(行の外部からの仕入れ)
移出財=∑(列の外部からの仕入れ)

「取引」は「通貨」と「財貨」の等価交換なので,つねにグラフの枝の両方の向きで移動が発生しますが,経済循環グラフでは「通貨」の移動だけに着目しているので,片側だけの「有向グラフ」として表現します.グラフをマトリックスに転換すると,「セル」はグラフの枝(取引)に相当しますが,「行」はそのノードからの「支出」を表し,「列」がそのノードへの「収入」になります.「財貨」はその逆向きに動いているので(通貨の動きと反対方向),たとえば,計算表上で「輸出」と書いてあるときには,「上」のノードから「左」のノードへの「輸出」であるということになります.「外部からの」としているのは,この集計には「自己取引」,つまり,「内部経済」を含まないという意味です.ここまではいいと思うのですが,問題は「仕入れ」としている点です.明らかにこれはかなり直感に反する定義になっているのではないでしょうか?※つまり,最終財の移出入は計数に含まれない!

「仕入れ」と呼ぶものの中には「中間財」の購買と,給与など報酬(労働サービスの対価)の支払いが含まれます.つまり,最終消費財の価格の中に転化される(埋め込まれる)と考えられる財貨・サービスがすべて含まれます.これらを控除しないと正しい生産額を計算できません.「最終消費財」の価格は「仕入れ」+「収益」で,この収益分が「付加価値」と呼ばれるものです.輸出入の用語では,純輸出=輸出-輸入となりますが,この「輸出」ないし,「輸入」は通常の理解では,「最終消費財の輸出を含めた全輸出」あるいは,「最終消費財の輸入を含めた全輸入」となります.しかし,「移入財,移出財には最終消費財を含めない」というのが我々の与えた定義です.この定義を従来の定義に戻して,「移入財=移入されたすべての財貨,移出財=移出されたすべての財貨」のように補正して再計算すると,

移出入=移出財-移入財=売上高-支払高=損益

という結果になり,結果的に,財貨的ゼロサムゲーム貨幣的ゼロサムゲームが完全に一致するようになります!確かに,これはわたし達が直感的に感じる「語感」とマッチしています.つまり,「貿易収支が赤字なら損益もマイナスになるはずだ(その逆も真)」という理解です.むしろ,逆に「財貨的ゼロサムゲーム」と「貨幣的ゼロサムゲーム」が交叉しているという方が分かりづらいと言ってよいと思います.下記のような定義を「移出入の古典的定義」ないし,古典的移出入と呼ぶことにしましょう.

移入財=移入されたすべての財貨
移出財=移出されたすべての財貨

確かに,近来までの外部経済取引は「古典的定義」と一致するような動きになっていたのだと思います(産品は一度「仕入れ」されてから国内で販売・加工される).今回の議論で初めてそれが修正されようとしているのですが,そのことは実体経済の最近のトレンド,つまり,グローバル企業による国境を超えた財貨の取引が急速に増加してきたという変化が背景にあるのではないかと推測しています.これらの企業,主にGAFAMなどですが,かれらは外国居住者に直接財貨・サービスを販売することができます.いま,OECDで議論になっている巨大IT企業に対する「デジタル課税」というのはこのような状況変化を直接反映したものです.実際,貿易収支,経常収支などの用語の定義でさえ,近年になって大幅改訂(IMF国際収支マニュアル,2014)されています.このことが意味するものをもう少し,俯瞰的に考えてみます.

経済循環グラフのノードは独立した経済主体ないしその集合,枝はノード間の貨幣的取引と定義されます.経済主体と呼ばれるものには,個人,企業,政府,金融,非営利団体などすべての個人・団体が含まれます.これらの経済主体がその規模の大小・属性・目的などに関わりなく完全に同一レベル・同一ルールのもとに取引を行っている状況を表現することがこのモデルの目標です.国民総生産や国民総所得などは国家単位で計算されますが,ここではすべての経済主体が同一レベル(同じテーブル)で経済活動を行っていると考えられるので,すべての経済単位について,それぞれ,総生産(生産額)や総所得(所得額)が同時並行的に計算できなくてはならないというのが我々の立場です.このことと,上のような問題が起きていることには深い関わりがあります.

通常,輸出入と言えば海外からなにかの財貨を輸入(仕入れ)して,それを直接ないし加工して販売(国内消費,ないし再輸出)するというプロセスを考えますが,現状はすでに国境を超えた個人・企業の取引が実行されている,つまり,企業や個人が国家と肩を並べるような状況になりつつあります※.これは生島さんがよく言われている,国家→企業→個人のような潮流と関わりがあるように思われます.このような状況はすべての経済主体を擬人化したモデルで考えるとわかり易いかもしれません.企業にとって,工場や設備,運搬車両などは人間の肉体に相当するものであり,いわば増強された肉体(サイボーグのようなもの)ですが,それ自体が意思決定能力を持っているという点において,主体であると言えます.「経済」とは,これらスケールの異なる「主体」(蟻ん子から象さんまで)がミックスして生息・活動するエコシステム,ある種の自然環境であると言えるでしょう.

※地域経済主体間の財貨の移動を「移出入」,国家経済間のトレードを「輸出入」と呼ぶとして,多国籍企業によるボーダーレス取引をなんと呼べばよいのだろう?なかには,個人輸入ビジネスなどというものもあるが,その個人の国籍,居住地はもはや主要ファクタではない.

「損益」は資金の増減であり,通常,「損益」がマイナスでも「所得」は立っています.所得=生産ですから,所得がないということはすでに経済活動終了しているということになるので,赤字企業と言っても操業している限り所得はプラス水準にあります.税務的な赤字というのは損益がマイナスになることですが,これまで見てきたように損益がマイナスというのは原理的・数理的に「ノーマル」な状態であり,ほぼ半数の経済単位が損益マイナスになるのは「どうやっても」避けることはできません.従って,ギリシャやウクライナが破綻に追いやられるというのはかなりおかしな話です.仮にこれらの国が債務国から脱却したとしても,それは単に赤字を他国に移転したことにしかなりません.IMFのように債務国の経済をぎりぎり締め上げて財政再建するというスキームは明らかに基本的なところで間違っています.それをやっていたら,世界中が窒息してしまいます.

三面等価原理が恒等的に成立するというところも国民経済計算で分かりづらいところかもしれません.生産・所得・支出の3面はそれぞれ完全に独立の活動であるように見えるからです.これに関しては説明してもなかなか分かりづらいところがあるので,簡単な「証明」でそれに代えたいと思います.純支出=純生産というところは既出ですが,再掲します.ただし,「純支出」と「純生産」という用語は多少紛らわしい(というより混乱していた)ので,「生産額」と「支出額」にリネームしました.生産額=最終財+純移出支出額=純消費+損益で,生産額は,その単位経済で生産され,最終消費ないし移出された正味財貨の合計,支出額はその経済単位が最終消費財として消費ないし移入した財貨+損益(剰余)です.これはよく見る,所得=消費+貯蓄という(教科書的)記述に対応するものです.以下では赤字は最終消費,青字は仕入れ中間消費)です.

単位経済の三面等価原理:所得額=支出額=生産額

証明:単位経済の三面等価原理

支払高=移入財経費純消費仕入高純消費
売上高=移出財経費最終財=支払高+最終財
仕入高=移入財経費
損益=売上高-支払高
=(移出財経費最終財)-(移入財経費純消費

  =移出財移入財最終財純消費
  =純移出最終財純消費

支出額純消費+損益
   =純消費純移出最終財純消費
   =最終財純移出
   =生産額

所得額=売上高-仕入高
   =(移出財経費最終財)-(移入財経費
   =最終財移出財移入財
   =最終財純移出
   =生産額

総体経済の四面等価原理:総生産=総所得=総支出=総消費

証明:単位経済の三面等価原理より明らか

総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)

総生産総所得総支出

ただし,総消費に関しては別途証明を要する

支払高=∑仕入高+∑純消費 から
∑純消費
=∑支払高-∑仕入高
    =∑(支払高-仕入高)
    =∑(所得額)
    =総所得

総消費=∑純消費)=∑(最終財)=総所得

QED

上記で,赤字は最終消費財・サービスの移転,青字は中間消費財・サービス(内部経費を含む)の移転,経費(内部経費)は製品価格に含まれる内部取引額(社員給与など).

単位経済では所得=支出=消費は成り立ちません.これは当然の理(失業中に競艇場に走ったり…)と言えますが,生産=所得=支出であるとすると,不労所得者の経済はどうなっているのだろう?というのが次の宿題(金融経済マトリックス)です.

比較参照用にサンプルを出しておきます.参考データとしてX国={A社,B社,a, b}の集計を入れました.セルの取引種別には供給者から需要者に送られる財貨の種別が書いてありますが,この計算表ではトップ行が供給者,最左列が需要者を示しているので,個人aA社に「給与」を送るというのは意味が通りません.そこで,給与→労働に改めました.つまり,個人aA社に労働サービスを提供し,その対価として給与60を受け取っています.XA+B+a+cの計算を実行しておくと,あとの集計はXYを計算するだけで簡単に終わります.

A B a b X Y 支払高 仕入高 純消費 移入財 支出額
A 資材40 労働60 100 輸出60 160 100 60 100 60
B 原材料100 内販60 労働60 160
60
輸出60 280 220 60 220 80
a 輸出 60 60 0 60 0 60
b 輸出 60 60 0 60 0 60
X 100 40 60 140
60
560 320 240 320 260
Y 燃料60 輸出200 60 60 内販 60
給与60
380 260 120 200 100
売上高 160 300 60 60 580 360 940 総取引
損益 0 20 0 0 20 -20 0
卸売高 100 240 60 60 460 120 580 重複
所得額 60 80 60 60 260 100 360 総所得
最終財 60 60 0 0 120 240 360
移出財 100 240 60 60 460 60 520
純移出 0 20 60 60 140 -140 0
生産額 60 80 60 60 100 360

経済循環マトリックス計算のルールブック(更新:2022/05/14

支払高=∑(行の全要素)=移入財経費純消費仕入高+純消費
売上高=∑(列の全要素)=移出財経費最終財卸売高+最終財
仕入高=∑(行の仕入れ)移入財経費
卸売高=∑(列の仕入れ)=移出財経費

所得額=売上高-仕入高
損益=売上高-支払高

純消費=∑(行の純消費)=支払高-仕入高
最終財=∑(列の純消費)=売上高-卸売高
移入財=∑(行の外部からの仕入れ
移出財=∑(列の外部からの仕入れ

純移出移出財移入財卸売高仕入高
生産額=最終財純移出
支出額=純消費+損益

純移出)=0(財貨的ゼロサムゲーム)
(純損益)=0(貨幣的ゼロサムゲーム)

支払高=∑売上高
卸売高)=∑(仕入高
移入財)=∑(移出財

所得額=支出額=生産額(単位経済の三面等価原理)

総消費=∑純消費)=∑(最終財
総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)=∑(生産額)

総生産=総所得=総支出=総消費(総体経済の四面等価原理)

2021/07/14 1:54

生島さん,下田さん

応用問題をやってみましょう.下図↓は,富山大学経済学部岸本研究室のサイトで見つけたものですが,貿易収支を見るときの「国籍基準」と「企業基準」の違いについての説明図です.経済循環マトリックスを試す格好の材料なので,2つの場合(国籍基準|企業基準)の計算表を書いてみたいと思います.(以下では数字の単位は10億ドル)

企業基準で見た米国の貿易収支の例

この図版で具体的な数字を明示されている取引は8つで,米国の輸出(581),輸入(609)の中にはこれらの取引が含まれているものとします.とりあえず,これら8つの取引の数字を元に「国籍基準」によるマトリックスを書いてみました.下の表では図中の米国をX国,外国をY国,米国本社をA社,外国企業をB社,米国系企業をα,外資系企業をβのように表記しています.各企業の所在地(居住地)から国内・A社・β社がX国籍,国外・B社・α社をY国籍とします.

国内 A β X 国外 B α Y 支払高 仕入高 純消費 移入財 損益 支出額
国内 内販
1066
外商
1066
1066
1066
[輸入]
318
318 2450 1384 1066 1384 -50 1016
A 逆輸出
109
109 109 109 109 31 31
β 仕入
993
993 逆輸出
182
182 1175 1175 1175 -9 -9
X 993
1066
1066 2059
1066
318 291
609
3734 2668 1066
609
-28 1038
国外 [輸出]
341
341 販売
1189
1189 1530 341 1189 341 -97 1092
B 納品
1189
1189 1189 1189 1189 0 0
α 輸出
140
輸出
100
240 仕入
1115
1115 1355 1355 1355 125 125
Y 341 140 100
581
1115 1189 1189 2304
1189
4074 2885 1189
581
28 1217
売上高 2400 140 1166 3706 1433 1189 1480 4102 7808 0
卸売高 1334 140 1166 2640 1433 1480 2913 5553
所得額 1016 31 -9 1038 1092 0 125 1217 2255
最終財 1066 1066 1189 1189 2255
移出財 1334 140 1166
581
1433 1480
609
5553
1190
純移出 -50 31 -9 -28 1092 -1189 125 28 0
生産額 1016 31 -9 1038 1092 0 125 1217 2255

輸出額と輸入額として与えられた581609という数字に合わせるために,差額として国内→国外[輸出]341,国外→国内[輸入]3182つを図面上には見えない取引として追加します.β社の国内販売(1065.6)B社の現地販売(1188.5)の末端価格は不明なので,仕入れ価格と同一としておきます.これで一応与えられた数字をすべて使った計算表ができました※.これをアレンジして「企業基準」によるマトリックスを書いてみます.α社はA社の子会社,β社はB社の子会社です.

総輸出=∑移出財,総輸入=∑移入財とするとき,経済循環マトリックス計算では,移入財=仕入高-経費,移出財=∑卸売高-経費のように計算されるので,複数の経済単位を縮約して作った計算表(上表ではX国,Y国の行と列に該当)では,経済主体の合併によって「内部取引=経費」が増加するため,縮約前の総輸出/総輸入の値と縮約後の総輸出/総輸入の値は一致しない.今の場合,縮約前の値は総輸出=総輸入=5553,縮約後は1190に変化している.※⇒(移出財,移入財)のセル

この図面の下には国籍基準と企業基準で収支がどう変化するかを説明する式↓が掲載されています.

米国の貿易収支

かなりややこしい式ですが,これで見ると,企業基準では輸出額は2523,輸入額は2499になるとされるので,輸出額-輸入額=24の黒字になると考えられます.国籍基準では-28の赤字だったので,貿易収支は24+28=52だけ「増加」していることが,523億ドルという数字に現れています.(企業基準で算出した実際の貿易収支黒字額は240億ドルです)ともかく「企業基準」の計算表を出してみましょう.

国内 A α X 国外 B β Y 支払高 仕入高 純消費 移入財 損益 支出額
国内 販売
1066
1066 [輸出]
318
外商
1066
1384 2450 1384 1066 1384 -50 1016
A 逆輸出
109
109 109 109 109 31 31
α 輸出
140
140 仕入
1115
輸出
100
1215 1355 1355 1355 125 125
X 1066 140 109 249
1066
1433 1166
2599
3914 2848 1066
2599
106 1172
国外 [輸入]
341
341 販売
1189
1189 1530 341 1189 341 -97 1092
B 納品
1189
1189 1189 1189 1189 0 0
β 仕入
993
逆輸出
182
1175 1175 1175 1175 -9 -9
Y 1334 1371
2705
1189 1189 3894 2705 1189
2705
-106 1083
売上高 2400 140 1480 4020 1433 1189 1166 3788 7808 0
卸売高 1334 140 1480 2954 1433 1166 2599 5553
所得額 1016 31 125 1172 1092 0 -9 1083 2255
最終財 1066 1066 1189 1189 2255
移出財 1334 140 1480
2705
1433 1166
2599
5553
5304
純移出 -50 31 125 106 1092 -1189 -9 -106 0
生産額 1016 31 125 1172 1092 0 -9 1083 2255

米国の輸出が2705,輸入が2599で純輸出106となり,与えられた数値と一致しません.「総所得」などの縦横集計(複式簿記的な計算)はすべて一致しているので,計算自体には誤りはないはずですが,どこかで「図の解釈」を間違えているように思われます.輸出で+182,輸入で+100の差額が出ています.数値を突き合わせてみると,この差異はおそらく,α社→β社の逆輸出182β社→α社の輸出100が関係しているように思われます.上に掲示した式の中では,どちらも輸入額から控除されている金額です.輸入額から控除されているということは,国籍基準では輸入項目だったということになるので,国籍基準の計算表でどうなっているのかを見てみましょう.

α社→β182というのはおそらく,図の読み間違いと思われます.つまり,「在来外資企業の輸入(182.2)」というのは,α→βではなく,B社→βと思われます.在米外資企業の輸出(▲100.0)というのも,「⇒」はα社のサークルに掛かっているように見えますが,真意はβ社→Bということなのでしょう.これを修正してもう一度作り直してみます.ただし,これをやるとおそらく,輸出入の調整額も変化することになるので,もう一度一からやり直すしかなさそうです.いや,それは不用かも知れません.この修正を行っても,国籍基準の輸出入額には変化はないはずです.(「在来外資企業の輸入」と「在米外資企業の輸出」は国籍基準計算表ではどちらも「内部取引」になっているため)

国内 A α X 国外 B β Y 支払高 仕入高 純消費 移入財 損益 支出額
国内 販売
1066
1066 [輸出]
318
外商
1066
1384 2450 1384 1066 1384 -50 1016
A 逆輸出
109
109 109 109 109 31 31
α 輸出
140
140 仕入
1115
1115 1255 1255 1255 43 43
X 1066 140 109 249
1066
1433 1066
2499
3814 2748 1066
2499
24 1090
国外 [輸入]
341
341 販売
1189
1189 1530 341 1189 341 -97 1092
B 納品
1189
1189 輸出
100
100 1289 1289 1289 82 82
β 仕入
993
993 逆輸出
182
182 1175 1175 1175 -9 -9
Y 1334 1189
2523
182
1189
100 282
1189
3994 2805 1189
2523
-24 1165
売上高 2400 140 1298 3838 1433 1371 1166 3970 7808 0
卸売高 1334 140 1298 2772 1433 182 1166 2781 5553
所得額 1016 31 43 1090 1092 82 -9 1165 2255
最終財 1066 1066 1189 1189 2255
移出財 1334 140 1298
2523
1433 182 1166
2499
5553
5022
純移出 -50 31 43 24 1092 -1107 -9 -24 0
生産額 1016 31 43 1090 1092 82 -9 1165 2255

できました!X国の移出財=2523,移入財=2499で完全に上記に記載された数字と一致しています.これはほんの一例ですが,経済循環マトリックス計算により,国家,地域,政府,企業,個人,団体などあらゆる属性を持った経済主体とその集合からなる経済循環において,それぞれの経済単位の対外収支を完全に計算できる(場合によっては,不足するデータを補うことすらできる)ことが示されました.

ただし,ここまではすべて財貨の移転を伴う実体経済マトリックスにおける計算なので,これに金融取引(財貨の移転を伴わない純貨幣的取引)を加えなくてはなりません.

PS:経済循環マトリックス計算のルールブック(更新:2022/05/14

支払高=∑(行の全要素)=移入財経費純消費仕入高+最終財
売上高=∑(列の全要素)=移出財経費最終財卸売高+消費財
仕入高=∑(行の仕入)移入財経費
卸売高=∑(列の仕入)=移出財経費

所得額=売上高-仕入高
損益=売上高-支払高

純消費=∑(行の純消費)=支払高-仕入高
最終財=∑(列の純消費)=売上高-卸売高
移入財=∑(行の外部からの仕入れ)
移出財=∑(列の外部からの仕入れ)

純移出移出財移入財卸売高仕入高
生産額=最終財純移出
支出額=純消費+損益

(純移出)=0(財貨的ゼロサムゲーム)
∑(損益)=0(貨幣的ゼロサムゲーム)

支払高=∑売上高
∑(卸売高)=∑(仕入高)
∑(移入財)=∑(移出財)=仕入高-経費

所得額=純支出=純生産(単位経済の三面等価原理)

総消費=∑(純消費)=∑(最終財)
総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)=∑(生産額)

総生産=総所得=総支出=総消費(総体経済の四面等価原理)

※現行のマトリックス計算では,純移出には仕入れ=中間財の移出入しか含まれていません.つまり,最終消費財の輸出入はこの計算からは除外されています.これを移出入に算入するために,純消費=消費財(最終消費財の購入)-最終財(最終消費財の販売)というパラメータを追加してみます(セル中の最終消費を意味する「純消費」とは異なるものです).∑消費財=∑最終財なので,∑純消費=0となります.これを使うと,損益=純移出+純消費となるので,仮に,純輸出=純移出+純消費とすれば,

∑損益=∑純輸出=0

が成立するため,財貨的ゼロサムゲームと貨幣的ゼロサムゲームの差異が消失し,貿易収支の赤字=損益の赤字という「伝統的解釈」と一致することになるので,確かにこの方が直感的であるような気もします.しかし,生産額と支出額の計数ではいずれ消費財・最終財を算出しなくてはならないので,最終消費・中間消費を区分することは,このマトリックス計算上不可欠であると判断されるため,最終的な結論は保留したいと思います.見通しとしては,「国際収支発展段階説」がヒントになるのではないか?という感触を得ています.

国際収支発展段階説では,国際経済循環が一種のゼロサムゲームであるということを認めた上で,それぞれの国が①未成熟の債務国,②成熟した債務国,③債務返済国,④未成熟の債権国,⑤成熟した債権国,⑥債権取り崩し国の各段階を経由するというものです.この説によれば,ブラジル,アルゼンチン,スペインなどは未成熟の債務国,イギリスや米国などは債権取り崩し国なのだそうです.

※クローサーは,「国際収支がゼロサムゲームであること」に気付いているとは思われるが,この理論を単純に適用すると,「奨学金借りたら人生こうなった」のような悲劇の再現で終わりそうな気もする…

前記したように,わたしはときに各経済主体を擬人化して見ることがあるので,それが幼児期から青年期を経て老年期に至るという説明は合点が行きます.ただし,老年期のあとには「死」しかないということではありません.人間の場合,次の世代を養育するのは親の義務であり,未来に対する投資と考えられますが,同様のことは国家や企業体についても言えるのではないでしょうか?(そのような国家の世代交代のようなものがあるとすれば,おそらくそれは何かしらの「政治変革」を伴うようなものになる可能性はあるかも知れません)

パートⅡ後書き (2022/05/20)

上記では「純消費=消費財(最終消費財の購入)-最終財(最終消費財の販売)というパラメータを追加」することによって,∑損益=∑純輸出=0が成立するような「移出入の古典的定義」に回帰することを提案しているが,最終的な結論は保留としている.しかし,常識的に考えても移出入(輸出入)から最終消費が除外されているというのはおかしいので,ここでもう一度再考してみたい.移出入から最終消費を除外すると,たとえば「インバウンド収入」が輸出にカウントされない,あるいは「地域外の電力会社に支払った電気料」が地域の生産物にカウントされてしまうなどの不都合がある.

「移出入から最終消費を除外する」ようになった経緯というのはよくわからないが,それでも計算上は整合し三面等価原理も成立しているので,主に「問題の複雑度を軽減する」という動機(手抜き)から採用された方式であるように思われる.以下では「経済循環マトリックスのルールブック」を大幅に改訂した「最終案」と呼べるものを提案する.最終消費を移出入に算入するために新たにいくつかの用語を追加した.また,語義的な混乱を避けるためいくつかの既存パラメータを以下のようにリネームしている.①新規→自家消費,②新規→純仕入れ,③新規→内需要,④新規→外需要,⑤新規→中間益,⑥新規→販売益,⑦経費→内部経費,⑧純消費→全消費,⑨移出財→中間財

この新しい定義に従って,上記の「米国の貿易収支」のマトリックスを書き換えてみよう.その前に,まず,用語の日本語定義を与えておく.

  • 経済:経済とはある圏域において独立に取引を行う決定権ないし代表権を有する経済主体が相対で行う経済的取引の総体であるとする.ここでは「経済的取引」を通貨を媒介とする「貨幣的取引」に限定する.経済主体には,個人,企業,非営利団体,各種機関,政府・地方政府,およびそれらの集合を含むものとする.「経済主体の集合」には,家計,企業,銀行,地域,地方,国家,産業分類,職業分類など任意の区分に従う各種の「セクター」ないしその混合が含まれる.
  • 経済循環グラフ:個別の経済主体をノードとし,取引(トランザクション)を枝(辺)とする重み付き有向グラフ(ネットワーク).有向グラフの枝の向きはつねに,通貨の移動方向とする 経済循環グラフはループ(自己取引)ないし多重枝(同時並行取引)を持つ場合がある.経済循環グラフはブロックチェーン(分散台帳)や中央銀行準備金口座台帳などの取引情報をベースに構築され,取引の全時間リアルタイム決済システムとして機能することを予定する.経済循環グラフ上の取引はすべて「貨幣的取引」であると仮定する.財貨の無償提供などの非貨幣的取引は,①代価1円(最小貨幣単位)の取引とみなすか,ないし,財貨の受け渡しに先行して,財貨の提供者が財貨相応の通貨を財貨受領者に給与し,受領者はその通貨をもって財貨を購買するという「擬似貨幣的取引」として扱うことにしてもよい.
  • 経済循環マトリックス:経済循環グラフの接続行列として表現された計算表 参加メンバー(経済主体)数をNとするとき,N x N の2次元正方行列(マトリックス)として構成される.マトリックスの1個の「セル」は経済循環グラフの1個の枝(トランザクション)に相当する.経済循環マトリックスの主な目的は国民総生産統計などの経済循環統計を計算することにある.このためには,すべての取引が①仕入れ,②最終消費純消費)のいずれかに区分されなくてはならない.内部経済において生産・サービス提供のために消費されたコスト(経費)は①仕入れに区分される.経済循環マトリックス上の通貨移動は,つねに最左列のノード(経済主体)から最上行のノードに向かうものとする.
  • 経済循環マトリックスの圧縮と縮約:経済循環マトリックス上のデータを加工して所望の計算結果を得るための手法として,マトリックスの圧縮と縮約が用いられる.ある一定期間におけるすべての時点マトリックスデータを時間軸で合併する操作を「圧縮」,空間軸で合併する操作を「縮約」と呼ぶ 経済循環マトリックスの圧縮とは同一ノード集合を持つ複数の(同型の)経済循環マトリックス上で同一座標にあるすべてのセルの取引データを加算して1個のマトリックスにまとめる操作,経済循環マトリックスの縮約とは経済循環グラフ上の複数のノードを合併して1つのノードにまとめる操作である.ノードAとノードBを合併してノードCとする場合には,まず,A列とB列のセル値を合算してC列とし,ついでA行とB行のセル値を合算してC行を生成する.縮約によって外部取引が内部取引になる場合もある.
  • 実体経済と金融経済:経済循環マトリックスを取引の様態によって,(1)実体経済循環マトリックスと(2)金融経済循環マトリックスに大別する.(1)には「財貨の移動を伴う取引」が含まれ,財貨の移動を伴わない「純貨幣的取引」は(2)金融経済循環マトリックスで扱う.
  • 集計項目:経済循環計算を実施するために,マトリックスに以下のような集計項目を追加する.以下では,ある経済主体の内部で完結する取引を内部経済,それ以外の取引を外部経済(対外取引)と呼ぶ.
  1. 内部経費:該ノードの生産活動の内部コスト(給与など)
  2. 自家消費:該ノードが生産し自ら消費した最終消費財(純消費)
  3. 純仕入:該ノードが外部経済から購入した中間財(仕入れ)
  4. 内需要:該ノードが外部経済から購入・消費した最終財(純消費)
  5. 輸入財:該ノードが外部経済から購入した財貨の総額
  6. 全消費:該ノードが最終消費した財貨の総額(純消費)
  7. 仕入高:該ノードが購入した内部経費を含む中間財の総額(仕入れ)
  8. 支払高:該ノードが購入・消費した自家取引を含む財貨の総額
  9. 中間財:該ノードが生産し外部経済が購入した中間財(仕入れ)
  10. 外需要:該ノードが生産し外部経済が消費した最終財(純消費)
  11. 輸出財:該ノードが生産し外部経済が購入した財貨の総額
  12. 最終財:該ノードが生産した最終消費財の総額(純消費)
  13. 卸売高:該ノードが生産した内部経費を含む中間財の総額(仕入れ)
  14. 売上高:該ノードが生産した自家取引を含む財貨の総額
  15. 中間益:該ノードによる中間財の売買における利得(仕入れ)
  16. 純輸出:該ノードの輸出入(対外取引)財貨の差額
  17. 販売益:該ノードによる最終財の売買における利得(純消費)
  18. 所得額:該ノードの経済活動により増加した付加価値の総額
  19. 生産額:該ノードが生産した財貨の総額
  20. 支出額:該ノードが最終消費した財貨の総額+損益
  21. 損益:該ノードの対外取引による最終利得(帳尻)

※内需要・外需要は通常の内需(国内需要)・外需(海外需要,財貨・サービスの輸出)とは微妙に異なる意味で使われていることに注意.また,ここでは個人対個人の場合を含めて,すべての対外取引に「輸出入」という用語を割り当てている.この結果,純輸出=損益となる.

前出の「米国の貿易収支」サンプルに「最終案」を適用して,その妥当性を検証してみよう.以下のマトリックスでは「仕入れ」を青字,「最終消費(純消費)」を赤字で表示する.下表は「国籍基準」のマトリックスで,X国は,{ 国内,A社,α社 }を合体(縮約)したもの,Y国は{ 国外,B社,β社 }の合体(縮約)である.対角線上の自己取引セルはピンクで塗り潰した.

国内 A α X 国外 B β Y 支払高 仕入高 純仕入 輸入財 全消費 損益 支出額
国内 販売
1066

1066
輸出
318
外商
1066
1384 2450 1384 1384 1384 1066 -50 1016
A 逆輸出
109
109 109 109 109 109 31 31
α 輸出
140
140 仕入
1115
1115 1255 1255 1255 1255 43 43
X 1066 140 109 249
1066

1433 1066 2499
3814 2748 (2748)
2499
(2748)
2499
1066 24 1090
国外 輸入
341
341 販売
1189
1189 1530 341 341 1530 1189 -97 1092
B 納品
1189
1189 輸出
100
100 1289 1289 1289 1289 82 82
β 仕入
993
993 輸出
182
182 1175 1175 1175 1175 -9 -9
Y 1334 1189 2523 182
1189
100 282
1189
3994 2805 (2805)
2523
2523 1189 -24 1165
売上高 2400 140 1298 3838 1433 1371 1166 3970 7808
卸売高 1334 140 1298 2772 1433 182 1166 2781 5553  
中間財 1334 140 1298 (2772)
2523
1433 182 1166 (2781)
2499
  (5553)
5022
輸出財 1334 140 1298 (2772)
2523
1433 1371 1166 (3970)
2499
    (6742)
5022
最終財 1066 1066 1189 1189
  2255
純輸出 -50 31 43 24 -97 82 -9 -24   0
所得額 1016 31 43 1090 1092 82 -9 1165 2255
中間+
最終財
2400 140 1298 (3838)
3589
1433 1371 1166 (3970)
3688
 
生産額 1016 31 43 1090 1092 82 -9 1165 2255

上掲のマトリックスで黄色で塗り潰したセルはそのセルでクロスする行と列のトータルが一致していることを示している.これは,下記ルールブックで①∑(支払高)=∑(売上高),②∑(卸売高)=∑(仕入高),③∑(中間財)=∑(純仕入),④∑(輸出財)=∑(輸入財),⑤∑(損益)=∑(純輸出)=0としているところと照応する.緑色で塗り潰したセルは「総体経済の四面等価原理」の成立を示すもので,総支出=総所得=総生産=総消費が完全に一致していることが看て取れる.

支出額,所得額,生産額を集計した各行,各列のフィールドは個別ノードごとにそれぞれ完全に一致している.これは「単体経済の三面等価原理」が成立していることを示している.濃いグレーで塗り潰された行と列(X国・Y国)はこれらのノードが複数の単体経済の「縮約」であることを意味する.このような「ノードの縮約」によって,「対外取引」が「内部経済」に転化することによって影響を受ける項目には背景色として薄いグレーを用いている.このような項目には,①純仕入,②輸入財,③中間財,④輸出財がある.⑤中間+最終財は計算上の便宜を図るために導入された作業用パラメータである.

これらの項目ではそれぞれの取引が「対外取引」であるのか,「自己取引(内部経済)」であるのをチェックしなくてはならないので,集計はやや厄介なものになるが,自動計算は可能である.これら以外の項目では集計は単純な「加算」のみで完全に整合的な計算を実施できる.これらの「圏域に依存するタイプの集計項目」では,参考値として集約計算前の「原マトリックス」上での集計値を「(,)」で括って示した.

上記したようにすべての集計行と集計列はそれぞれに対応する項目を持ち,それぞれの集計値は完全に一致する.この水平計算と垂直計算が一致するという経済循環マトリックス計算の性格は,この計算方式が「複式簿記」という会計計算法の「拡張」となっていることの証左である.三面等価原理が個別ノードについて成立していることから鑑みると,「複式簿記」が2次元の平面計算であるとすれば,3次元の立体計算になっていると言ってよいのではないだろうか?

経済循環マトリックス計算のルールブック(更新:2022/05/20)

内部経費=対角セルの仕入れ
自家消費=対角セルの純消費

純仕入=∑(行の対外仕入れ
内需要=∑(行の対外純消費
輸入財=∑(行の対外支払い) 
   =∑(行の対外仕入れ)+∑(行の対外純消費
   =純仕入内需要
全消費=∑(行の純消費)=内需要自家消費
仕入高=∑(行の仕入れ)= 純仕入内部経費
支払高=∑(行の全要素)=仕入高全消費

中間財=∑(列の対外仕入れ
外需要=∑(列の対外純消費
輸出財=∑(列の対外売上げ)
   =∑(列の対外仕入れ)+∑(列の対外純消費
   =中間財外需要
最終財=∑(列の純消費)=外需要自家消費
卸売高=∑(列の仕入れ)=中間財内部経費
売上高=∑(列の全要素)=卸売高最終財

中間益=中間財純仕入卸売高仕入高
純輸出=輸出財-輸入財
   =(中間財外需要)-(純仕入内需要
   =(中間財純仕入)+(外需要内需要   =中間益販売益
販売益=最終財全消費外需要内需要
   =純輸出-中間益

所得額=売上高-仕入高
   =(中間財内部経費最終財)ー(純仕入内部経費
   =中間財純仕入最終財中間益最終財
損益=売上高-支払高=(卸売高最終財)-(仕入高全消費
  =(中間財内部経費最終財)-(純仕入内部経費全消費)
  =中間益販売益=純輸出
生産額=最終財中間財純仕入
   =最終財+(中間財内部経費)-(純仕入内部経費)
   =最終財卸売高仕入高最終財中間益=所得額
支出額=全消費+損益
   =全消費+(卸売高最終財)-(仕入高全消費 
   =最終財卸売高仕入高最終財中間益=所得額

∴所得額=支出額=生産額(単位経済の三面等価原理)

∑(損益)=∑(純輸出)=0(経済循環的ゼロサムゲーム)
∑(支払高)=∑(売上高)
∑(卸売高)=∑(仕入高)
∑(中間財)=∑(純仕入)
∑(輸出財)=∑(輸入財)

総生産=∑(生産額)
総所得=∑(所得額)
総支出=∑(支出額)
総消費=∑(全消費)=∑(最終財) =∑(支払高-仕入高) 
   =∑(支払高-(売上高-所得額)) 
   =∑(所得額-(売上高-支払高)) 
   =∑(所得額-損益) =∑所得額-∑損益=総所得

∴総生産=総所得=総支出=総消費(総体経済の四面等価原理)